text log | ナノ
「鬼道くんの家ってメイドさんとかいる?」
「居るけどそれがどうした」
 それがどうしたってその言葉こそどうしただよ。普通の家ってメイドさんなんていないんだよ?やっぱり鬼道くんってちょっとずれてるような気がする。
「いるんだ、すごいね。この間は気づかなかったよ」
「ああ、それどころじゃなかったからな」
「…………」
 気まずい沈黙だ。鬼道くん、自分の発言でフリーズするのやめてくれないかな。私もそれどころじゃなかった人だから何のフォローも入れられないよ。今はこの間鬼道くんの家で何をしていたかって話はいいのだ。
「め、メイドさんいるなら、あれもあるよね。メイド服」
「……そうだな」
 鬼道くんは思い出したように言う。多分、存在が当たり前だから何とも思わないんだろうなあ。それなら逆にありがたいかもしれない。
「着てみたいから鬼道くんの家行きたい」
 私の発言に鬼道くんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 私がメイド服を着たいと思ったのは、サッカー部のマネージャーが試合の時にメイド服を着用している写真を見たからだ。それを見つけた夏未ちゃんが燃やしなさいと!怒ったのを秋ちゃんがなだめる光景は記憶に新しい。私はその時はまだサッカー部とは疎遠だったのでその服を着ることもなかったし、写真に写っているみんなが可愛くてついうらやましいと思った。そんな気持ちを悟ったのか春奈ちゃんが「お兄ちゃんの家にならこの手の服があるので今日お兄ちゃんの家に行けばいいと思います!」とアドバイスをくれたのだ。この間も鬼道くんの家に行ったばかりなのに今日も押し掛けていいものかと疑問を投げかけたらそれの十倍の勢いで質問責めされたから受け流して鬼道くんの元へ逃げることにした。
 そして何だかんだで鬼道くんの部屋にまでたどり着いた。相変わらず広くて落ち着かない。今は鬼道くんがメイド服を借りてきてくれると言って部屋を後にしたから一人になってしまい更に落ち着かず、ずっとそわそわしている。何で今私ベッドの方見ちゃったんだろう。後悔しか押し寄せてこない。一時の高揚した気分でこんなところまで来て私って実は馬鹿なんじゃないか。
「おい」
「ひっ」
 頭の中をごちゃごちゃとさせていたらドアが開く音にも気づかず背後からの声に驚いて思わず間抜けな声を出してしまった。鬼道くんも「そんな驚かなくてもいいだろう」なんて少し呆れている。
「これで大丈夫か?」
 渡されたメイド服のサイズを見る限り、多分ぴったりなはずだ。鬼道くん私の服のサイズ把握してるんだ……いや別にいやらしい意味じゃなくたって大体のサイズはわかるもんね。落ち着こう、ここに来てから顔が熱くなるばかりだ。とっとと今日の目的を果たせばこの羞恥心も薄らぐかもしれない。しかし、ここで問題が発生した。
「……どこで着替えればいいの?」
 ここでまた沈黙だ。この部屋は広いが、特に仕切りがあるわけではない。今までは、どうしてたんだっけ。……乱れた服装を直しているだけだからあまり参考にならなかった。だから、どうして、私はそういうことを思い出してしまうのか。
「……隣の部屋が空いているからそこを使ってくれ」
「わ、わかった」
 逃げるように私は鬼道くんの部屋を出た。ここまででもう私は頑張ったから帰っていいんじゃないかとも思えてくる。鬼道くんの部屋に鞄とか置きっぱなしだから無理だけど。隣の部屋に入って改めて鬼道くんが貸してくれたメイド服とにらめっこをする。私がテレビで見たことある、目金くん受けしそうなタイプと違ってスカートが短かったりフリルがふんだんにあしらわれている訳でもなく、落ち着いた雰囲気だ。でもどことなくかわいい。一旦鬼道くんと離れてメイド服を見ているとやっぱりテンションがあがってくる。よし、早く着替えてしまおう。

「おお……」
 着替えを終え、鏡を見ると普段とは全然違う自分がいた。これがコスプレってやつか。なんだか楽しくなってきた。そういえば、春奈ちゃんに写真撮って見せてくださいねって念を押されたな。早く鬼道くんの部屋に戻って写真を撮ってしまおう。あわよくば鬼道くんに褒めてもらえたら嬉しいのだが。
「鬼道くん、着替え終わったよ」
 部屋に戻ったら鬼道くんも制服から着替えていた。目が合うやいなや鬼道くんは私の頭から爪先までじっくりと見る。こ、これは普通に恥ずかしいな……!
「別に鬼道くんはいつもメイドさん見てるからそんなに見なくてもいいと思うんだけど」
「ああ、でもこんなに気になったのはお前のが初めてだ」
 何でいきなりそんな恥ずかしいことを言うのかなあこの人は……!勘弁していただきたい。ここで一つメイドさんらしいことして見返してやりたい。何の意味があるのかなんてまるでわからないけど。
「……有人様、何かご要望などはございますか?」
 メイドの知識が皆無すぎて口調を丁寧にすることしかできなかった。はりきっておいて空回りとはむなしい。鬼道くんはほんの一瞬だけ何か考えたような表情をしたが、すぐに私の手を引きある場所へと導く。な、なんでさっき私が視線を逸らすのに必死だったベッドに連れて行かれてるんですかね。手首を掴む力は強いのにベッドに倒すときは優しいなんて気づきたくなかったよ。
「き、きどうくん?」
「有人様ってさっき呼んだだろう」
 鬼道くんの指が顎を滑ったのがくすぐったくて思わず変な声を出しそうになった。これ私が変な雰囲気に持ってきたってことになるの?鬼道くんのスイッチがまるでわからない。待ってと言っても鬼道くんは私の言葉に応えることなく指を動かす。ゴーグル越しに見えた目が、この間のそれと同じだったので私はもうあきらめることにした。借りたメイド服は汚さずに済めばいいのだが。

 結局写真を撮ることはできなかったので、翌日春奈ちゃんにめちゃくちゃ文句を言われた。その際「すぐ脱いだから撮れなかったの」と言い訳をしたらまた質問の嵐となってしまった。違うと言いたかったけどそうではなかったから私は否定も肯定もできず適当な相槌を打ち続けることになった。もう私があの服を着ることはないだろう、多分。