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※監督生夢主※

「なまえがメイクに興味を持ってくれて嬉しい」
講義の合間にヴィルさんと雑談をしていた際に、ふとこぼしたら「それなら放課後ポムフィオーレ寮に来て頂戴!」と目を輝かせて言われたら行く以外の選択肢は無くなるに決まっている。ヴィルさんはとても楽しそうにしながら化粧ポーチと思しき物を漁っている。わたしが想定している物よりだいぶ大きい。ヴィルさんは元々顔立ちが整っているが、それらは更にヴィルさんを引き立てるのだろう。そういう意味でメイクに興味があると述べたつもりだったが、わたしに化粧を施す流れになった。
元の世界にいた時も気が向いた時にマニキュアを塗ったり、グロスで艶々になって色づく唇を見て楽しくなったりしていたから全く興味がないと言ったら嘘になるがここに来てからはそういう暇もなかったからそもそもしたいという思考に至らなかった。
ヴィルさんのお部屋は、いい香りが漂っている。先日もお邪魔したのだが、その時はグリムがこの香りが苦手だと騒いで結局談話室でお茶をすることになったから申し訳なかった。魔物はああいう香りが苦手なのだろうか。今日はヴィルさんに今日は女子会だからなまえと2人がいいとお願いされたので、グリムにはツナ缶で説得しようとしたらまたあの香りの部屋に行くのはイヤだと言われたので、特に苦労することなくグリムにお留守番をお願いすることができた。ツナ缶は別のお願いの時に使おうと思ったらは普通に見つかって取られた。グリムのつまみ食いが多すぎて、お菓子とかツナ缶のストックができないの不便だよなあ。
まあ、今こうしてヴィルさんと二人になれたのでいいけども。グリムのことは後で考えるとしよう。

「年齢とか性別に関係なく化粧はしたいと思った人がするべきだと思っているし、なまえが女子だからって化粧をしなさいって強制したくなかったんだけど、時々新作のコスメとか見ていてなまえに似合うだろうなとか考えてたりしていたからこうすることができて本当に嬉しいわ」
ヴィルさん、コスメ見てわたしの事思い出したりしてるんだ。なんだか照れくさいな。嬉しいけど。わたしもここ最近ふとした拍子にヴィルさんのことを考えているからお揃いだ。
ヴィルさんは化粧ポーチからいくつかの化粧品を取り出した。と思ったらこっちにやって来てわたしの頬へと手を伸ばした。綺麗な顔がこっちを見ている。すごい、睫毛が長いし肌がつやつやのツルツルで毛穴が皆無だ。
「……今日はフェイスパウダー叩いて、睫毛上げてマスカラ塗って口紅塗る感じでいいかしら」
ヴィルさんが何かを言っていたような気がするが、顔の近さに気を取られてろくに聞いていられなかった。
「ちょっと、聞いてるの?」
「すみません、ぼーっとしていました」
「日焼け止めって塗ってる? って聞いたの」
「あ、今日は飛行術とか外に出る講義がなかったから塗ってないです」
わたしの発言と同時に、空気が強張ったのがわかる。ちゃんと外に出る時は塗っているから問題ないと思っていたんだけど。険しい表情をしたヴィルさんに肩を掴まれて、思わず力が入る。
「あのね、なまえ。化粧はしたいと思った時にやればいいけど日焼け止めについては常に塗って。こればっかりは未来のなまえがどうにかしたいと思ってもどうすることも出来ないことだから、お願い」
「は、い」
迫力に圧倒されて頷くことしかできなかった。がっつり外にいる時以外も日焼け止めって塗らないといけない物なのか。後でヴィルさんにおすすめの日焼け止めを聞いておこうかな。詳しく教えてもらえそうだ。
「じゃあ気を取り直して、やっていくわね」
ヴィルさんはパフを片手に、わたしの顔に指を滑らせた。
「あの、ちょっと待ってください」
「何よ」
「これって、魔法でパパッと終わり!って感じじゃないんですか?」
「アンタ自分で魔法使えないくせにアタシにやらせようっていうの? 生意気」
ヴィルさんは悪戯っぽく笑う。かわいいな。いや、今そんなこと言っている場合じゃない。ヴィルさんの綺麗なお顔がまた近づいて来てだいぶ心臓に優しくないんだけど。
「こういう細々とした作業は魔法よりも手でやった方が綺麗にできるのよ」
「そ、そうですか……」
アタシの美しい顔が傍にあって落ち着かないなら目を瞑ってなさいってお言葉に甘えて目を閉じたら少しは突っ込みなさいよって窘められた。だってその通りだし……
視界が閉じたらもう大丈夫と思ったけど、これはこれで落ち着かない。パフと思しき物が頬を滑ったかと思えば、ヴィルさんの指も時折やってくるから感触に驚いて身体が僅かに跳ねてしまう。マスカラをしているときにやってしまったらまずいので気をつけなければ。


「目、開けていいわよ」
10分あるかないかの時間が、退屈な講義みたいにとてつもなく長く感じられた。渡された手鏡で自分の顔を見ると、いつもよりキラキラしている。肌はつやつやだし、睫毛が上がっているから目が大きく見える。久々にお化粧らしいお化粧をしたから、何だかそわそわする。ヴィルさんにしてもらったから、というのが大きいかもしれないが。

「なまえ、顔に力入りすぎてやりづらかったわ」
「だって緊張しますもん……」
「顔が強張ってて色気がなくてキスする気も起きなかったもの」
「えっ」
ヴィルさんはため息をつきながらコスメを整理しているが、とんでもないことを言われて呆気に取られてしまった。
「何? 別にしたっておかしくない関係でしょう」
いや、そうだけど……そんないきなり言われたらびっくりするに決まっている。とりあえず話題を逸らさないとわたしがいたたまれない。
「で、でもこの口紅可愛いですよね」
「そうね。それはいつかなまえにつけてほしいって思って用意しておいたやつよ」
……もう何を言われても照れ臭くなって来た。いたたまれない以外の感情を持ち合わせたい。
「なまえ、よく見たいからこっちを見てちょうだい」
気恥ずかしさから俯いていると、ヴィルさんに呼びかけられる。化粧を施したときに存分に見たんじゃないか?とも思ったが、やってもらった手前逆らえない。また綺麗な顔が近い。
「うん、上出来……あら、なまえ。ちょっと口紅よれてる」
「えっ」
ヴィルさんの言葉が、唇を塞がれたことによって嘘だっていうのがわかる。目の前の人は今日一番楽しそうな笑みをこちらに向けてきた。ヴィルさんの唇にはわたしが塗っていた口紅の色が載っている。それに気づいたようだが、意に介していないようだ。
「なまえに用意した割にはアタシも似合ってると思わない?」
ただ、ちょっと落ちやすいのが難点ね。なんて言っているもののわたしはそれどころではない。顔に熱が集まっているのがわかる。
「あら、今日はチークを使った覚えがないんだけど」
どの口が言うんだか。悔しくて今度はわたしがヴィルさんに口紅をうつしてやった。それでもわたしみたいに顔が真っ赤になることなく楽しそうに、嬉しそうに笑みを浮かべるだけだった。

20200524