text log | ナノ

「なまえさんっ! 明日のオフ、どこに行きたいですか?」
 ちょっと待って虎丸くん。何で私は貴重な休日に君と過ごすことが決まっているの。いや、別に特に予定はなかったけど。近くにいる人たちに視線をやると後は若い者同士でと言いたげな視線を向けてくるし(君たち私と同じか少ししか変わらないでしょう)当てにすることはできなさそうだ。虎丸くんは相変わらずきらきらとした目を私に向けてくるし、これでもし私が苦し紛れに「明日は一日中寝ている予定です」なんて言ったとしたら悪者にされてしまうだろう。嘘だとしても。
「……イタリアエリアでジェラート食べたい」
 虎丸くんの輝く瞳を私の発言で汚すわけにもいかないので、行きたいところと言われて思いついた場所を言うしかなかった。これが作戦だとしたらこの子の将来がとても恐ろしい。
「こっちに来て初めてのデートですね」
 何だそれ。私日本にいたときも虎丸くんとどこかに行った覚えないし。そもそも私たちまだつき合ってないし。……いやいや、まだって何だ。
「……つき合ってないからデートじゃないもん」
 自分の頭の中を整理するので忙しくてまともな切り返しをできた気がしない。身体を休めるための休日のはずなのに明日はどっと疲れてしまいそうだ。虎丸くんが上機嫌で去っていった後に「帰ってきたらデートの感想お願いしますね」と楽しそうに言ってきた春奈ちゃんは可愛いけど勘弁してほしい。デートじゃないし。まだジェラートを食べてないのに頭が痛い。……ほんのちょっとだけ楽しみなのはジェラートが食べられるからだ。



「おいしい……!」
「よかったですね」
 現地ではないものの、イタリアを名乗るだけあってジェラートは本格的な味がした。私はストロベリー、虎丸くんはミルクのを注文した。屋台のおばさんが「かわいいカップルはおまけしちゃう」なんて言うから全力で否定したけどそれでも多めに盛られてたからあのおばさんは優しいと思う。おばさんの言葉に「やっぱり俺たちカップルに見えるみたいですね」と笑う虎丸くんは優しくない。それでもジェラートは美味しい。
「なまえさん、俺の一口食べますか?」
「いいの?」
 気になっていたから虎丸くんの申し出を有り難く受けることにした。差し出されたジェラートをスプーンで掬い取り、口にすると濃厚なミルクの味が広がる。ミルクも美味しいなあ。今表情が緩んでいることが自分でもわかる。虎丸くんは何故か楽しそうだ。私ってばそんな面白い顔をしているのかなあ。
「なまえさんってば、間接キスはいいんですね」
 虎丸くんの指摘に一気に顔が熱くなるのがわかる。あざとい、あざといよ虎丸くん。「なまえさん、顔赤いですよ。いちご味なんて食べるからじゃないですか」なんて笑うけどかき氷食べたときの舌じゃないんだからそれで顔が赤くなる訳ないじゃない。それに苺じゃなくてストロベリーだよ。あ、いやストロベリーは苺だ。落ち着け私。これ以上虎丸くんにペースを乱されるとまずい。
「ベ、別にいいよ。何なら虎丸くんも食べる?」
 自分の手にしていたジェラートをスプーンで掬い取り、虎丸くんに差し出すと予想外だったのか珍しくびっくりした顔を向けられた。勝った……じゃない。何だこれ、余計に状況がまずくなっている気がする。ただただ私が恥ずかしいだけだ。絶対虎丸くんはこの後私のことをからかうのだろう。
「え」
 そんな私の予想を裏切るように虎丸くんは頬を赤くさせて私の差し出したジェラートを見つめていた。そんな顔、私に見せたことないじゃない。いつもは立場が逆で、私がからかわれるのでちょっとした仕返しにそれと同じことをしたかったのだが私も恥ずかしいので虎丸くんのことをからかうなんてできない。沈黙が続くだけだ。行き場がなくなりつつある手を引っ込めようとしたら、虎丸くんに手を取られる。いきなり触られたことに身構えている間に、スプーンの上にあったジェラートはなくなっていた。なくなったのは、溶けたからでも、落としたからでもなく虎丸くんが食べたからだ。虎丸くんと目が合う。多分今の私、ここ最近で一番体温が高くなってると思う。
「……自分でしておいてそんなに恥ずかしがらないでくださいよ」
 虎丸くんだって、顔赤くなってるじゃない。とか色々文句は言いたかったのだが、頬の熱を冷ますためにジェラートを口にするので精一杯だった。そうしないとまた余計なことを考えそうになるから。