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※成人設定

「成人式の送迎?」
 久々に後輩、虎丸くんから来た連絡は予想外のものだった。周りに免許持ちが少なく、虎丸くんの家にも車がないから成人式の送迎をしてほしいとのことだ。虎丸くん、私が免許とったなんてよく知っていたなあ。それにしても小学生の頃から知っている彼が成人なんて色々考えさせられるものがある。顔を見たいということもあったので二つ返事で了承した。そっかあ、もう虎丸くんもお酒が飲めたりしちゃうんだ。当日が楽しみだなあ。
 ……先日の私は大分お気楽だったと思う。目の前の彼を見て安請け合いをしたことにほんの少しだけ後悔した。虎丸くん、かっこよくなり過ぎじゃないか。成人式ということで正装、スーツを身に纏っているのだがそれが更に彼の良さを引き出していると思う。直視し難い。私は送迎だけで式に出席するつもりなんてなかったから割とラフな格好をしてきてしまったが年上のお姉さんとしてもう少しちゃんとした服装にしておけば良かったな。今更頭を悩ませてもどうにかなることではないので予定通りに会場まで虎丸くんとおばさんを送った。
「適当に時間潰してるから、頃合いになったらまた連絡して」
「了解です、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
 本当は駐車場辺りでぼーっとしているつもりだったのだが何となく気まずくてその場を離れてカフェに居ることにした。何でだろうなあ、久々に会ったから緊張しているのだろうか。当時サッカー部だった人の中で一番幼かった彼が成長していることがそんなに変なのか。……変だなんて虎丸くんに失礼だよね。別に男の子なんだから大きくなるなんて当たり前のことなのに。頭がぐるぐるしていて、注文した飲み物の味も今一つわからなかった。
 虎丸くんから連絡が来たので再び会場へと戻ることにした。式が終わっても相変わらず人で溢れかえっている。みんな久々に同級生に会えて嬉しいのだろう。私も少し前はそうだったなあ。そこまで昔のことでもないのに懐かしい気がした。人混みの中やっと虎丸くんを見つけられたと思ったら写真を撮っていた。友達なのだろう。そこにはちらほらと女の子もいる。まあ、こういう場って結構色々な人と写真を撮りたがるからさほど深い意味もないだろう。目が合った虎丸くんはすぐに集まりから抜け出して私の元へと駆け寄ってきた。それが嬉しいなんて、さっきから変なことばっか考えてるなあ。
「もういいの?」
「どうせ会えますしね。じゃあ、帰りますか」
 この後二次会でも行くのだろうか。そんな疑問を抱きつつもおばさんと合流をして、虎丸くんの家に戻った。今日はありがとう、とても助かったとおばさんはお礼の言葉を告げて家に入っていった。虎丸くんもそんな感じだろうと思ったらあと一つだけ行きたい場所があるんですけどいいですか、と予想外なお願いをされた。今日は念のため一日中空けてあり、断る理由もなかったので私は虎丸くんの行きたいところに付き合うことにした。
「で、どこに行きたいの?」
「道順言うんで、その通りにお願いします」
 カーナビ頼りだとたどり着きにくい場所なのだろうか。虎丸くんの案内に特に疑問を持つことなく運転すること十数分。そこで少しおかしいことに気づいた。私が「まさか」と思っていた場所を指さして「俺、あそこに行きたいんです」と笑顔で言う虎丸くんに動揺して思わずハンドルを変に切ってしまうのではと危惧したが安全運転の習慣が染み着いているためそうすることもなく、私は虎丸くんの行きたいという場所へと確実に近づいていくことになってしまった。
 虎丸くんが行きたいと指さしたのはラブホテルだった。いや、何で。大人になったから?でもあそこって恋人とかと行くところじゃん。虎丸くんの意図がまったく読めない。
「え、仮に虎丸くんが行くとして。相手は?もう先にいるとか?」
 相手が居るとしてもそこまでの運転手に私を選ぶってどういうことなんだ。あ、女として見られてないってことか。なるほど。うん、落ち着こう。虎丸くんぐらいの年頃の男の子なら別に普通のことなのだろう。ちょっと慣れているなあってぐらいだ。私がこんな風に動揺する必要はない。
「鈍いですね。そんなのなまえ先輩に決まってるじゃないですか!」
「っ!」
 いよいよ事故起こしてしまうんじゃないかと思ったがハンドルを握る力が少々強くなるぐらいで済ませたから私は褒められてもいい。一旦あらゆるものを落ち着かせるべく車を停めることにした。車内に静寂が訪れる。虎丸くんは不服そうにこちらを見ているが私はそれどころではない。
「えっと、虎丸くん。余計なお世話だけどそういうことしたいならむしろ今日みたいな日は二次会とかに行く方が狙えると思うよ」
「ほんとにすっごい余計ですね。俺なまえ先輩としかしたくないです」
 したいって何?いやもうこの歳になって知らないふりするとか無理だけど。でもそれにしたって私と虎丸くんって付き合ってるわけじゃないし。むしろ今日久々に会ったぐらいだし。
「な、何で私なの?虎丸くんすごくかっこよくなったしきっとモテるでしょう。他にも相手なんてたくさん見つかるよ」
「……全然かっこよくなんかないです」
 そう言って見てくる目つきとかが既にかっこいいんですが。そう思った途端俯いて私にやっと聞こえるぐらいの声で呟いた。
「今日みたいに理由がないとなまえ先輩に会えないし、連絡も取れなかったんですよ、俺。用事が終わったらまたしばらく会えなくなるから一気にどうにかしちゃおうなんて」
 そんな奴のどこがかっこいいんですか、と言う虎丸くんにはたしかに昔のような可愛さがどこかにあるような気がした。考えてたことはとんでもなかったけどそこには拙さとか幼さがある。全部が知らない虎丸くんじゃなくてよかったとか思ってしまう自分は甘いのだろうか。……多分これは後輩だから甘いって訳じゃないんだろうな。
「……私はね、今日虎丸くんに久々に会えて嬉しかったよ。女の子に囲まれて写真撮ってたときはもやもやしたし。今日ずっと虎丸くんのこと考えてた。これからも特別な用事がなくても会いたいなって思ったんだけど、だめかな」
「……なまえ先輩はずるいです。そんなの俺が断れる訳ないじゃないですか」
 さっきまで俯いていた虎丸くんがようやくこちらを向いてくれた。少し照れくさそうにしていて、可愛いと思っていたあの頃と同じ顔になっている。
「それならよかった。ねえ、虎丸くん。……私運転に集中しててたまに話がわからなかったんだけどどこに行きたいんだっけ」
「それなら俺、せっかくなんでお酒が飲みたいんですけどいいところ知ってますか?」
「私の家の近くに美味しいところあるよ。戻ろうか」
「はい!」
 結局今日は虎丸くんが最初に行きたいと言った場所には行くことはなかった。でも彼は助手席で満足そうな表情を浮かべていた。今日は行かなかったがそのうち、もしくは行かなくてもそこですることは行われるのだろう。今は大人になった君と向き合う事の方が楽しみだからもう少しだけ待っててね。