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 ドレスは窮屈で仕方がない。やたらときらびやかな会場は私には不釣り合いな気がする。
 今日は父が主催の記念パーティでここにいる。起業した父の仕事がうまくいって、こんなことまでやるほどに会社が大きくなったのはいいことかもしれないが、まだ私にはそういうのに馴染みがない。パーティでよくわからない物を食べるより、放課後友達とクレープの買い食いをしている方が私に合っている。いつもなら課題が忙しいとか言ってパスしているのだが、今日は記念パーティだからどうしてもとせがまれ慣れないスタイリストによるヘアメイクに窮屈なドレスを着て、父の仕事の関係者を名乗る人にわけもわからないまま愛想を振りまく羽目になってしまった。挨拶も一段落したので、父達から離れる。家族に対してこんなことを言ってしまうのは申し訳ないが少しだけ肩の荷が下りた。
 食事はビュッフェ形式になっていて、好きなものを食べていいようだがあまり親しみのない物ばかりが机の上に並んでいるため味の予想がつかず、手を出した物が苦手な味だったらどうしようとなかなか手をのばすことができない。食べ物は粗末にしたくないし、どうしたものか。

「シンデレラちゃん、お困りですか?」
「うわっ」
 お皿片手に悩んでいたら横に人が来たことに気づけなかった。声を掛けられて驚いてつい間の抜けた声を出してしまった。声の主は、私と同じ年ぐらいの男の子だった。オレンジ色の髪の毛がきれいだ。今、この人シンデレラって言ったけど私のことではないよね? 私ってば声かけられたと思ってつい振り向いちゃったけど自意識過剰だったな、恥ずかしい。本当の「シンデレラちゃん」とやらが気になったので辺りを見渡してると「君のことだよ」と笑われた。な、何だって。
「ちゃんと可愛いのに、まだこういうのに慣れてない感じとかがそれっぽいなって思ったんだよね」
「はあ……」
 うわ、この人チャラい。私と正反対でパーティ慣れしてる人だ。思わず相槌が引き気味になってしまった。そんな私にも構わず、男の人は話し続ける。
「……で、シンデレラちゃんは何にお困りなの? 料理とにらめっこなんかしちゃって」
 そういえばさっきも、そんな感じで話しかけてきたな。パーティ慣れしてるであろう人に料理がよくわからないなんて言ったら笑われそうだが誤魔化すメリットもないし正直に話しておこう。
「その、並んでいる物が食べられるかがわからないんです。でも残すのはいやだからなかなか手が出せなくて」
「ぜんぶ食べ物だと思うよ?」
「そういうのじゃなくて、味が予想できないんです!」
「冗談だって。何か苦手な食べ物はあるの?」
「パクチーとか、香辛料がきついものが苦手で……それ以外なら食べられるかなと」
「オッケー」
 そう言うなり男の人は私からお皿を取り上げ、料理を盛り始めた。私が昔バイキング行ったときとは違ってお皿にはきれいに料理が並んでいる。
「多分これなら大丈夫じゃないかな。座るところあるし、あっちで食べようか。立ちっぱなし、しんどいでしょ」
「は、はい」
 さりげなくこの後も一緒にいる流れになったが、料理を取り分けてもらったし慣れないヒールで脚が疲れていたからその提案はありがたかったのでそのまま聞き入れることにした。

「おいしい……」
 椅子に座り、料理を口にする。彼のチョイスは絶妙だったようでどれも美味しく、私は気づくとそのまま思ったことを言葉にしていた。
「それはよかった」
 まあ作ったのは僕じゃないけどね〜とおどけた口調で言うが、彼は満足そうな笑みを浮かべている。
「……いつもこんな感じで女の子引っかけてるんですか?」
 その笑顔が可愛らしいのが悔しくて、つい憎まれ口を叩いてしまった。
「まさかあ。そもそも進んでこういう所来ないし」
 彼はそう答えるが、そうは見えない。私と同じ高校生であろう彼がフォーマルなスーツに着られることなく着こなしているから、多分私みたいな成り上がりと違って本物のお坊ちゃんなのだろう。
「えー、嘘っぽいです」
「嘘っぽいってヒドいなあ……それに僕、家庭的な料理の方が好きだよ」
「へえー」
「シンデレラちゃんってば信じてないでしょ」
「……その、シンデレラってやめてください。恥ずかしいんで。次言ったら貴方のことチャラメガネとか、……とにかくひどい呼び方しますからね!」
「『私をシンデレラって言うならアナタは王子様!』とか言ってくれないんだね。残念〜」
「言いませんよ……」
 本当にチャラいなこの人。でもそういうことは言ってくるけどちゃんと距離は取ってくれているので悪い人ではないってわかるからまだいいけど。横目で様子を伺っていると彼は遠くの方を見つめているかと思えば、顔色を変えた。
「ごめんね、先に俺っちのが時間切れみたい」
 さっきとは違う眉の下がった笑みを浮かべたかと思えば、彼は立ち上がり踵を返した。え、もう行っちゃうの? まだ私彼の名前も知らないのに。制止の言葉を掛けると、足を止めてくれた。お礼、言わないと。
「えっと、今日はありがとう。あの、貴方の名前を……」
「……もし次会ったら、カケルって呼んでほしいな。じゃあね、なまえちゃん」
 カケルくんはあっという間に人混みの中へと消えていった。シンデレラなんて言ってたくせに、私の名前知ってたんじゃない。

 パーティはカケルくんといた時間より、そうじゃない時間の方がずっと長かったのに、思い出すのはカケルくんのことばかりだった。お父さんに無理を言ってパーティの出席者を教えてもらったのだが、出席者の中にはカケルという名前の人はいないことがわかった。
 まだ会えるかもわからないのに、次彼に会ったときには見つけるのが大変だったと文句を言おうなんて思っている私はおかしいのかもしれない。でも彼はその時、文句を言う私を笑顔で受け入れてくれる気がする。これは多分じゃなくて、絶対だ。