text log | ナノ
※10年後設定※

「そのスーツ、普通の人に見えないんだよね」
「そうですか?」
「……まあ、染岡の方がやばい仕事してる人っぽいけど」
「それ、俺が肯定したらまずいやつですよね」
「そうかなあ」
 上のやり取りだけなら、普通に思えるかもしれないが私は今虎丸くんに組み敷かれている。「そうですか?」辺りで彼はスーツのジャケットを脱いだと思えば、私の上に乗っていた。十年前から彼のことは知っているが、今の彼もなかなかいい性格をしている。
 冒頭であんなことを言っておいてなんだが、私は虎丸くんのスーツ姿が、割と、かなりツボだ。普通の人に見えないと思っているのも本当だが。

 十年前から彼のことを知っているとは言ったが、十年間彼と一緒にいたわけではない。私はかつてイナズマジャパンのマネージャーで、そこで虎丸くんと、雷門以外の人たちと知り合った。ただ、私は選手ではなかったしサポートする立場を極める気もなかったから高校を卒業してからは、そこまでサッカーとは縁がない生活をしていた。その間にかつての仲間が(本当に悪い人は別にいた)サッカーを変えようとしていたのには驚いた。虎丸くんに至ってはそれをサポートする立場だったし。仲間たちがそれを覆すべく色々と働いていると知り、私にも何かできないかと思い、そこで久々に皆に会う機会ができた。何だかんだで皆が頑張って問題も解決し、かつての仲間……豪炎寺くんたちとも和解することができた。今日はその慰労会が行われた。
 そこで話が終わればよかったのだが……どうして私は今虎丸くんとホテルにいるのだろうか。いや……まあ私が迂闊だっていうのが最たる原因なのだが。
 慰労会でお酒を飲んで、気が緩んだ私は「虎丸くんかっこよくなったね」と本人に向かって言った。お酒がだいぶ抜けた今でも思っているから、気の迷いではないはずだ。その後もまあまあ虎丸くんを褒めてたら慰労会が終わっていた。酔った私は虎丸くんに任せようという流れになり、集まりは解散となった。二人きりになり、帰ると思いきや虎丸くんの足がホテル街に向かっていることにはびっくりしたが、こんなにかっこいい男の子とならいいかな……なんて考えていたら、虎丸くんから予想外の告白をされた。
「ずっと、なまえさんがそう言ってくれるの待ってたんですからね」
 昔に私が「虎丸くんはかわいい弟みたい」と表現したことをずっと気にしていたようだ。……こうして振り返ると私の方がよっぽど不誠実じゃないか。十年間、待たせたお詫び……という訳ではないが私は彼に捕まることにした。

「……っ、」
 頬に指が滑る感触に、違和感を抱き疑問を投げかけた。
「虎丸くん……手袋、はずさないの?」
 久々に会った虎丸くんは何故か黒の革手袋を身に着けていた。いや、スーツとセットでかっこいいんだけども。お酒の席ではさすがに外されていたのだが、一度外に出たからかまた手袋を身に着け、……今に至ったようだ。その手袋をしたままって……何か……説明しがたいいやらしさがあるでしょ。外してしたところでこの行為がいやらしいことには変わりないのだけど。
「じゃあ、なまえさんが外してください」
 虎丸くんの提案にいいよ、と言うことはできなかった。何故か口にその手袋をした手を押しつけられているからだ。ちょっと待て虎丸くん。どうして、手袋を外す為に私の口にそれを押しつけるのだ。……口で外せってか。今も私の唇を押す指の感触はあたたかくもなく、やわらかくもなく、変な感じだ。色々と渦巻く感情はあるが、虎丸くんと初めてで手袋をしたまま触られるのはいやだ。つまり、私の選択肢はひとつしかない。
 薄く口を開くと、待ってたと言わんばかりに指を突っ込まれた。革の物を口に含むなんておそらく初めての経験だ。味わう気は起きない。虎丸くんの思い通りになるのが悔しくて、ささやかな抵抗として虎丸くんの指に噛みついてやった。虎丸くんはびっくりしたのか少しだけ目を丸くした、ざまあみろ。

20170327