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 高校の近くにあるからと、時々利用していた喫茶店に、マスター以外の店員が訪れたのは二ヶ月ほど前のことだった。
 名前はネビ山ネビ夫というらしい。ちょっとおかしいところがある気がするが何か事情があるのだろう。この店にはクラスメイトの左門くん、てっしー(両者否定はしているがやはり付き合ってるんじゃないか?)がよく来るのだがネビ夫さんと顔見知りのようだ。多少行儀は悪いが、そのやり取りに聞き耳を立てたらネビ夫さんのことを「ネビロス」と呼んでいた。ネビロスというのはあだ名か、本名かなと思い一度だけネビ夫さんのことを「ネビロスさん」と呼んだことがあるのだが、顔面からとめどない汗が噴き出ていたので触れたらまずいものなんだなと悟り、それ以降は呼んでいない。仲良くなったら呼んでもよくなるのだろうか。
 ネビ夫さんの事情が気になり、てっしーに尋ねたこともある。まず気になったのは、ネビ夫さんの年齢だった。それには「私も知らないけど、けっこう年上だと思うよ」と返された。けっこう年上、といっても見た目的に三十代前半とかだよな……? というか、てっしーたちあんなにネビ夫さんと話したりしていたけど年齢も知らないのか。ネビ夫さんは予想以上に複雑な事情がありそうだ。
 今日も左門くんたちがやってきて、ネビ夫さんに(主に左門くんが)絡んでいた。その際、わたしや他のお客さんに対してとは違って、ネビ夫さんの度々口調が荒くなっているところも仲が良さそうなところがうかがえて羨ましい。
 もうね、こんな風にずっと頭を悩ませてる段階でわかってほしいんですがね。わたしみょうじなまえはネビ夫さんのことが気になるというか……好きか嫌いかで言えば好きなんですよね。どうしてか、具体的なエピソードを挙げるとネビ夫さんがこの喫茶店で働くようになってから三週間ぐらいのときに、たまにやってくるガラの悪い人に絡まれているところを助けてもらったのがきっかけです。……我ながらちょろい気がする。
 その日から通える範囲で喫茶店には足を運んではいるがわたし以上に左門くんたちのような親しい常連がいるので来店が被るとなかなか声を掛けるのも難しい。今日は比較的早めに彼らが帰っていったし、あまり他のお客さんもいないので少しはお話できそうだ。お冷やのグラスが空になるなりすぐに来てくれるところに、彼のまじめさがうかがえる。
「ありがとうございます」
「こちらこそいつもありがとうございます。ずっと聞きそびれてたんですが、みょうじさんって左門たちと同じ学校の方ですよね」
「あー……というか、左門くんとてっしーたちとは同じクラスですね」
 わたしの言葉に、ネビ夫さんは大きく反応した。左門くん、よりもてっしーの方に動きを見せた気がする。……すごくいやな予感がするが、もう一押ししてみよう。
「えーと、ネビ夫さんっててっしーみたいな女の子どう思いますか?」
 てっしーってかわいいですよね〜と、世間話のように振って反応を見たかったのだが、ネビ夫さんは石のように固まってしまった。いつぞやわたしがネビロスさんと呼んだとき以上に汗も噴き出ているし、誤魔化すの下手くそか。
 なるほどー! ネビ夫さんはてっしーが好きなのかー! 勝ち目ねえ〜! わたしさっきからてっしーのことてっしーって呼んでるけど実はクラス同じってぐらいでそこまで親しくないんだわ! でもみんながてっしーって呼んでるからいきなり呼んだけど「こいついきなりてっしーとか呼んできやがった……」とかそんな負の感情を微塵も感じさせないような笑顔で受け入れてくれて、その日かわたしのことも「なまえちゃん」って呼んでくれるぐらいいい子だし! その他説明不要の菩薩エピソードあるし! 左門くんの転入以降言葉のきつさが目立つようになったけどそれでも可愛らしくて素敵な女の子だ。ネビ夫さんが惚れるのも無理はない。うわ今の自分で言ってて傷ついた。

「……追加の注文いいですか?」
 ネビ夫さんからこれ以上てっしーの話を引き出すのは無理だと悟ったので、話題を変えることにした。注文をしてしまうとネビ夫さんは席から離れてしまい、お話しできなくなってしまうが仕方がない。
 ネビ夫さんがてっしーを好きと気付いてショックは受けたが、少しだけ希望が湧いた。ネビ夫さんは女子高生もいける、これは朗報だ。わたしもてっしーと同じ女子高生だし。積んできた徳の数はだいぶ違うかもしれないが。それでも同じ女子高生だ。
 ネビ夫さんには悪いが正直、てっしーとネビ夫さんがうまく行くビジョンが見えないもん。てっしーって悪い人の方が好きになりそうだし。なんやかんやでてっしーが違う人とくっついて、傷心のところをこう……うまくできないものかとか考えてしまう。何でここまで前向きになれるのかはわからないが、とにかくやってやる。今日からてっしーはわたしのライバルだ。ネビ夫さんによるラテアートを施されたカフェラテを啜りながらわたしは決心した。

 左門くんにネビ夫さんへの気持ちを見透かされ、何故かめちゃめちゃ楽しそうに協力されるようになるのはもう少し先の話だ。

20170403