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わたしは蜜璃ちゃんに殺されるために生まれてきたようだ。わたしの首は宙を舞う。程なくして灰のようになり、消えてゆくのだろう。視界の片隅には、泪を浮かべながらも見事な剣技でわたしの首を飛ばした蜜璃ちゃんがいる。もう少し早く、人間だった頃の記憶が取り戻せていれば良かったのに。そう悔やんでも、なにも取り戻せないのだけど。

蜜璃ちゃんはわたしの太陽だった。かわいくて、やわらかくて、力持ちで、ご飯をたくさん食べる素敵な女の子だった。
蜜璃ちゃんがお見合いをすると聞いた時は絶望感に襲われた。なんでわたしは蜜璃ちゃんと結婚できないんだろうって、何度も自分を責めた。
蜜璃ちゃんはお見合いの時に人より力持ちなのを隠さないといけない、と言っていたけれどそんなことはない。わたしが出先で足を怪我をして、一人で途方にくれていたときに迎えにきてくれて、家まで担いでくれたのは蜜璃ちゃんだった。わたしは力持ちで食いしん坊でかわいい蜜璃ちゃんが大好きだ。そんなのも受け入れられないような奴に蜜璃ちゃんを取られたくない。わたしの祈りは届くことなく蜜璃ちゃんはわたしの元から離れていってしまった。

鬼になって、陽の光を浴びられなくなったと知ったときもさして絶望はしなかった。わたしの元から蜜璃ちゃんがいなくなってから、太陽を失ったのも同義だからだ。

最初に殺して食べたのは、蜜璃ちゃんの初めての見合い相手だった。骨っぽくて美味しくなかったのを覚えている。
蜜璃ちゃんと子を成す妄想をした奴なんて、殺さないとだめだ。
その後も、蜜璃ちゃんの見合い相手をどんどん殺して食べた。途中からどれがそうなのかもよくわからなかった。わたしにとっては、蜜璃ちゃんと結婚する資格があるというだけで男という存在が憎くて仕方がなかった。

食べた人が十を超えた頃、人間だった頃の記憶を辿るとひどく頭が痛くなった。その痛みから逃れようとした結果、わたしはその頃のことを思い出すことをやめた。そうすると、どんどん人間だった頃を忘れていった。自分がどんな姿だったのかも思い出すことは今でも難しい。こうして振り返って蘇るのも蜜璃ちゃんのことばかりだ。
蜜璃ちゃんがわたしの顔を見て驚きながら名前を呼んだ時、ようやく鬼になる前と今もさしてわたしの顔が変わっていないのを思い出せた。蜜璃ちゃんに見つけてもらうためにあんまり顔が変わらなかったのかもしれない。

わたしが人のままだったら、蜜璃ちゃんに会えずに死んでいたかもしれない。でも鬼になったらこうして会えて、蜜璃ちゃんに手を掛けてもらうことができたから、わたしは鬼になってよかった。
蜜璃ちゃん、先に逝って待ってるね。貴女とわたしは行くところが違うから、もう逢えないか。

蜜璃ちゃんはやっぱりわたしの太陽だった。それが最後まで覆らなかったことだけが救いだ。

20191104