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わたしは今人に相談できない悩みを抱えている。前までは、かわいい後輩ちゃんにお話したりできたけど、ちょっとこれは後輩ちゃんも困らせてしまうと思うので。
悩みというのは彼氏とちゅーをしてみたいけど、どうすればいいのかわからないという、人によってはくだらないと一蹴したくなるようなものだ。……下手したら彼氏もそういうタイプかもしれない。
彼氏と手を繋ぎたいときはかわいい後輩ちゃん、もとい春奈ちゃんにも相談することができた。でも今回の悩みはさすがに相談が厳しいと思う。わたしの彼氏は春奈ちゃんのお兄さん、鬼道くんだ。わたし、君のお兄ちゃんとちゅーがしたいんだけどどうすればいい?なんて尋ねる先輩なんて春奈ちゃんだっていやだろう。
鬼道くんと付き合ってもうすぐ5ヶ月になるが、彼は大人っぽい言動の割には奥手だと思う。
はじめて手を繋いだのは付き合いだして二ヶ月経った頃のことだ。春奈ちゃんに出された案を実行した。一緒に帰っている時に横断歩道を渡ろうとした時に、そこの信号が点滅したタイミングでわたしが渡ろう!と無理矢理手を取り引いていって、そのまま手を繋ごうというものだった。その後はそこまで急ぐ必要あったのかとちょっと怒られた。いたたまれなくなって理由を説明したら呆れられたものの、それからはふたりきりの時は手を繋いでくれるようになった(うれしい)
しかしながら、そこからの進展はない。もうすぐ半年の交際期間でこれは果たしてどうなのだろうか?と思う。こう……もうちょっといちゃいちゃしてもよくない?わたしは欲求不満なのだろうか。鬼道くんは手を繋いでるだけで満足なのかなあ。
もやもやと考えた結果、せめて中学卒業までにちゅーぐらいは済ませたい。と思ったのだが具体的なプランが今ひとつ思い浮かばない。まず、どこでするかも問題だ。部室?憧れはするが万が一のことがある。誰かに見られようものならしばらく気まずくなるか、からかわれるかの二つに一つだけ。教室も同様だ。わたしの家か、鬼道くんの家ならそういうのも心配なさそう。ただ、鬼道くんの家だとわたしが緊張して失敗しそうだ。わたしの家の方が良さそうかな。ただ、鬼道くんはわたしの家に誘うといつも何かしら理由をつけて断る。何でだろう。なんて言えば誘えるかな。これは春奈ちゃんに相談しても大丈夫だろうか。


「わかったか?」
「うん、鬼道くんの説明すごいわかりやすい」
なんだかんだで鬼道くんを家に招くことには成功した。ベタではあるが勉強を教えてほしい、と頼み込んでみた。普段使ってる辞書とか参考書が家にあるからと、我ながら苦しい言い訳をしてなんとか家まで引っ張った。鬼道くんはギリギリまで渋り、家族は居るのかと問われてすぐに帰ってくるよと答えたら、少し考え込む仕草をしたが、それならと首を縦に振ってくれた。そして今に至る。
本当のことを言うと、家族はお仕事などで夜まで帰ってこない。以前それを述べた際に何故か鬼道くんは難色を示し、最終的にわたしの家に来ることを断ったので、ささやかではあるが嘘をつくことにした。春奈ちゃんにそう言えと言われたからだ。これで本当に成功したので、春奈ちゃんは鬼道くんのことをよくわかっているなと改めて実感させられた。
勉強はかなり捗った。隣に鬼道くんがいるからたまに見惚れそうになったが、鬼道くんの教え方は上手だがどちらかといえば厳しいのでそうもいかない。勉強を開始して2時間ほど経ち、少し休憩を挟むことになったので、お茶菓子をつまむことにした。今がチャンスだ。さすがに勉強教えてもらってる時にちゅーとかするのは悪いし。
「鬼道くん、何か顔についてる」
「どこだ」
「あ、わたし取るよ。目瞑って」
「……ああ」
鬼道くんの頬に手を添えると、身体が強張るのがわかる。かわいい。ここで疑問が浮かぶ。ちゅーするときに、鬼道くんのゴーグルはぶつかったりしたりしないだろうか。わかんない。したことないんだもん。眼鏡でも邪魔っていうし(少女漫画とかだと)ゴーグルとかもっと難易度高いと思うんだけどな……
うん、今回は頬にしておこう。初めてのちゅーでゴーグルにぶつかって痛い思いしたくないし、やっぱり唇には鬼道くんからしてほしいし。頬に差し出した手を肩に置き、身体ごと近づけて唇を鬼道くんの頬に押し当てた。鬼道くんの頬は思いのほか柔らかい。鬼道くんは感触で何をされたのか気づいたのかわたしから遠ざかった。わ、割と傷つく反応だ。なんとも言えない空気が流れる。
「い、いやだった……?」
「……どういうつもりだ」
お、怒らせたかもしれない。非常にまずい。
「鬼道くん、手を繋ぐ以外に何もしてこないから寂しくて、わたしから何かした方がいいのかなって思って」
「…………」
「ご、ごめんなさい」
鬼道くんがこっちを向いてくれない。絶対呆れられた。手で額を抑え、俯き何かを考えているようだ。何て言って縁を切ろうかとか? いやだ。
「その、鬼道くんのことすごい好きで、わたし」
「……もう何も言うな」
鬼道くんの言葉に、目の前が真っ暗になる。と同時に身体が引き寄せられる。何によるか、はすぐにわかった。鬼道くんだ。えっと、わたし、今鬼道くんに抱きしめられてる? 顔が先ほど以上に熱くなる。だって鬼道くんにこんなことされたことない。ずっといちゃいちゃしたいとは思ってたけど、これは予想以上に恥ずかしい。肩に顔を埋めている状態から身をよじって少し距離を取ろうと試みてみたが、全然びくともしない。
「……嫌だとか、嫌いになったとかは有り得ないからな」
鬼道くんの言葉に安堵する。よかった。顔を上げると、鬼道くんの耳が赤くなっているのに気づいた。心なしか、身体も熱い気がする。わたしも多分同じで顔とかもっと赤いだろうけど。鬼道くんも照れたりするのか、なんて間抜けな思考に至った。同じ気持ちなのが嬉しくて、今まではどうすれば良いのかわからずそのままにしていた腕を鬼道くんの背中へと回す。少しだけ、肩が跳ねたのがわかる。
恥ずかしいけど、いやではない沈黙が続く中、なぜか鬼道くんはゴーグルを外した。裸眼の鬼道くんを拝めることなんてなかなかないから、ついつい見てしまう。ばつの悪そうな顔をした彼と目が合う。頬に手を添えられたところで、まさかと思い、今まで以上に身体が強張る。これは、いつ目を閉じればいいのだろうか。
「……目、閉じてくれ」
「は、い……」
鬼道くんもゴーグルは邪魔だと思ったのかもしれない。初めての感触をよそに、そんなことを考えた。

20180614