text log | ナノ
 ウィンターカップ期間中、陽泉高校バスケ部はホテルに滞在している。マネージャーの私も一応そこにいる。女子を一人部屋にしたら野郎共がどうするかわからないから、という監督の言葉により、荒木監督と私は同室になった。しかし、それは監督の建前だということを私は知っている。
 本当の理由は私達の間柄に潜んでいる。
 ドアの向こうから靴の音が聞こえる。監督が戻ってきたようだ。靴の音で帰ってくるのがわかるまでになるなんて。何だか照れくさいものだ。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
 監督がドアに手を掛け、開けたのと同時に出迎えの挨拶をすると、一瞬目を大きくさせ驚くがすぐにいつもの様子に戻った。いや、部活中と比べると声色が優しいかな。こんな優しい声を聞いているのはおそらく私だけだろう。そのことに顔を綻ばせていると監督はしまりのない顔だな、と呆れつつジャケットを脱いだ。普段あまり着ていないスーツは堅苦しいのだろうか、監督はそれを脱ぐなり息をつきベッドに寝そべった。私は制服なんてもうほとんど毎日着ているから特に問題はないが、監督の隣に体を沈ませた。ベッドは二人が乗っても大した悲鳴をあげなかった。横を向くと監督と視線が絡んだ。
「監督、シャツに皺がついちゃいますよ」
「お前こそスカート、皺になるぞ」
「構いませんよ」
「皺だらけのスカートを履く奴に座らせる席はないぞ」
 監督の言葉にひどい、皺だらけのシャツを着た監督はいいんですかと皮肉混じりに尋ねるとそんな奴はいないからな、と返された。
「このシャツも、お前がやってくれるしな」
 そうだろう、と言いたげに目で訴え掛けられる。ずるい、そうだけど、そうに違いはないのだけど。そうやって人の惚れた弱みにつけこむの、どうかと思います。大人だからずるいのか。監督、雅子ちゃんだからなのか。はたまた私が甘いのか。
「ここのホテルにいる間は、ですけどね」
「ああ、今は予行期間だからな」
 私となまえが一緒に暮らすための、な。そう言われて私は雅子ちゃんと一緒に暮らせるのはいつだろう、私が高校を卒業してからかな、今から貯金しておいた方がいいかな、そんなことを考え始めた。さっきまでずるいとか思っていたのに。雅子ちゃんの一言で転がされて、舞い上がって、私は単純だ。雅子ちゃんはそんな私を見つめながら私の髪を恭しく、大事なものを扱うかのように撫でてくれる。
 本当はその時のこととか色々話したかったのだが雅子ちゃんの手つきがあまりにも優しいので今にも夢の世界へと旅立ってしまいそうだ。あとで、もっと幸せな話をしようね。

20130105