text log | ナノ
 自分の手を見て思わず息が漏れてしまった。荒れてて、ところどころ切れていてお世辞にも綺麗とは言いがたい。指環なんてとても似合いそうにない。そろそろここに指環がおさまっていてもいい時期なのに。寂しい薬指を撫でた。
 私のそれに対して彼の手、指はきれいだ。部活において不可欠といい爪まで丹念に手入れをしているらしい。私より管理が行き届いていると思われる。ああ、彼の好きな人事を尽くすという奴か。真太郎は努力家で聡明で私なんかでは釣り合いがとれないほどに素敵な人だ。今日はそんな真太郎と久々に会うことができた。私は仕事、真太郎は先程述べた部活で忙しくなかなか会う機会も少ない。だからあまり会話を交わしていないが一緒に居られる今はとても充たされている、気がするのは私だけだろうか。真太郎は眉間に皺を寄せながらこちらを見てくる。ただでさえ大きいので威圧感があるというのにそれが更に増している。一体私が何をしたのだろうか。むしろ何もできていないのが問題かもしれない。年下の男の子に気圧されるなんて我ながら何だか情けないな。
「手を出せ」
「え?」
 突然の言葉に対し聞き返すと繰り返し同じことを言われたので差し出すと逆だと手を取られ、甲を露にする形になった。真太郎に見られている今だけ綺麗な手になれと祈っても意味を成さず、相変わらず荒れた手指をしている。
「忙しかったのか」
「まあ、それなりに」
「貴女のことだ、また無理をしているのだろう」
「……自分より荒れた手の女の人はいやかな」
「誰もそんなことは言っていない」
 あ、少し機嫌を損ねてしまった。真太郎は溜め息をつくとどこからかハンドクリームのような物を取り出してきた。こいつ、常に持ち歩いているのか。今色々と負けた気がする。ような物ではなくそれはハンドクリームだった。それを指にとると私の手に塗り込んでいった。もう一方の手にも塗り込まれた。最初から最後まで手つきは優しかった。それを眺めている私の様子はさぞ間抜けだったと思う。
「ありがとう」
「……さっきの問いだが」
「うん」
「オレは努力をする貴女は嫌いではない」
 でも、無茶をして潰れるのは見ていて気分が悪いと小さな声で呟かれた。これは心配しているということだろうか。素直な子じゃないからなあ。
 こんな風にしてもらえるのならしばらく指環が似合わなくてもいいかな。もう少しだけ、駄目な大人でいさせてね。
 もう一度、自分の手を見る。今度こぼれたのは溜め息ではなく笑みだった。

20121227