text log | ナノ
「相変わらず凄い量の本ですね」
 彼女は困ったように笑っているがどこか嬉しそうだ。なまえさんはとても本が好きだ。自分も好きで、そこからなまえさんとの関係が始まったのだがなまえさんは多分、自分以上に本に対して思い入れがあると思う。彼女の部屋には書庫と呼んだ方がいいのではないかと思うほどに本がある。混ざりあったインクの香りがボクの嗅覚を刺激する。本棚には絵本に始まり、その他にもジャンルを問わず様々な本が詰められている。彼女は本が少しでも気になるとすぐさま手に入れようとしてしまうらしい。そんななまえさんの部屋を眺めていると以前と異なる点があった。
「ここ、前までカラーボックス無かったですよね」
「黒子くんはよく見てるなあ」
 また本が増えちゃったから買ったんだ。と言っているがもうそのカラーボックスにこれ以上本は入りそうにない。また間もなくカラーボックスが増えることになりそうですね。というボクの言葉になまえさんはまだ大丈夫だよと少し詰まらせながら返した。これは、三日後には増えていますね。
 ボックスに納まっている本のうちの一冊を手に取りページを捲る。この様な何気ない動作にも色々と考えさせるものがある。
 彼女、なまえさんは他人に本を触れさせたくない質らしい。彼女の周りには本が本当に好きで、丁寧に扱うものがいなかったから、と以前話してくれた。それは確かに哀しいことだと思う。今まではこの部屋に友人さえも入れたことがないとも言っていた。恋人は、という疑問はその場には不釣り合いだと思ったので飲み込んだ。飲み込んだ傍で「だから本が好きで大事にしてくれる黒子くんは特別なんだよ」と言われてしまいとても胸が弾んだのをよく覚えている。なまえさんはボクに期待を抱かせるのが上手だ。
 手にしていた本を元の場所へと戻す。なまえさんの様子を伺うと彼女はうっとりとした目付きでページを捲っていく。ふと、本から目を話したなまえさんと視線が絡む。
「本って、いいよね。色々な本を読んできて、色々な言葉を見てきたはずなのに、いざとなると良いとしか言えなくなっちゃうの」
「そうですね」
「本は、私にたくさんのものを見せてくれた。今までも、この先も」
「……そう、ですね」
「……いっそ、現実も何もかも忘れて本の海に溺れてしまえればいいのに」
「……それは難しそうですね」
「何故?」
 ボクがその前に掬いあげますから。今はなまえさんにとっての一番は本かもしれませんが。貴女が、それに溺れて沈んでしまう前には、きっと。そう、できればいいのに。
「…………物理的に、ですかね」
「まあ、それもそうね」
 でもこの部屋を埋め尽くすにはそう遠くないかもよ?と冗談混じりに笑うなまえさんに、淡く笑むことしかできない(それすら上手く出来たかわからない)自分に先程の思いを告げられる日は来るのだろうか。なまえさんの心を奪う本が少し嫌いになってしまいそうだ。

20121012