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 溜め息をつくと幸せが逃げてしまうと言い出したのは一体どこの、誰なのだろうか。少なくとも溜め息をつくという行為を良いと思わなかった人ではあると思うが。
「黒子くんは誰だと思う?」
「考えたこともないですね」
 仮にそれを言い出した人がいたとしましょう。その人が誰であるのかが確かになったとしても。それが説得力を持っていて、現代までそういった意味で伝わり、用いられている。今後もそういった意味で使われるのではないのでしょうか。今更引っくり返ることもそうそうないと思われます。黒子くんはいつもの調子で淡々と述べた。バスケをしているときは熱いのに、こういうときは冷めているのね。ううむ、とてもつまらない。
「でも、言葉の意味が、言葉そのものが時間を経て変わることもあるよ」
 この変わらぬ物なんてない世の中だ。もしかしたら溜め息をつくという行為が、今現在使われているそれと逆の意味で使われる日が来るかもしれない。
「溜め息をついたら幸せよりも不幸が、マイナスの感情が逃げていくよ、よかったねって言った方がずっと素敵に感じられるよ」
 溜め息をつくという行為は他の人から見ていて望ましいことではないかもしれないが、変にその行為を抑えられる方がよっぽどよろしくないのではないか、と私は思うのだ。
 ちらり、黒子くんを一瞥してみるものの彼の表情にはさほど変化は見られない。人が珍しくそれっぽい発言をしたというのにつれない人だ。黒子くんはこういう話に乗ってくれそうだと思ったのに。黒子くんって意外と意地悪というか、ドライというのか。はあ、思わず溜め息を漏らしてしまった。
「幸せ、逃げちゃいますよ?」
「違うの、今のはもやもやを逃がしたの」
「もやもやの原因は?」
 話に乗ってくれない黒子くんかな、と少し皮肉混じりに答えると彼はそれは困りましたね、と大して困ってなさそうに呟いた。
「なまえさんにはもっとボクのことを考えて、悩んでいてほしいので。もやもやの原因とはいえ逃がされるのは嫌ですね」
 まあ、なまえさんが逃がしたとしてもボクはなまえさんを簡単に逃がしたりはしませんが。気付けば私は壁へと追い詰められていた。そんな私を眺める黒子くんの口角が上がる。今笑うのってずるいよ。諦めの意が籠められた息が漏れた。今逃げたのは幸せと不幸のどちらですかと白々しい疑問の声。もう、そんなものどちらでもいい。どちらにせよ私は逃げられないことに変わりはないのだから。

20120917