「終電行っちゃったね」
時計を一瞥して女子のような台詞を吐く。なまえさんは眉間に皺を寄せながらわざとでしょう、とオレにやっと届くぐらいの声で呟いた。あら、バレてら。別に構いやしないけど。
「ね、泊めてくれるよね」
なまえさんの家からオレの家までは電車で数駅。でも終電はもう行ってしまった。まさかこんな時間に追い出して帰らせるなんて酷なことなまえさんがするはずがないよねと貼り付けたような笑顔を浮かべながら言うと先日泊まった際に置いていった着替えを投げつけられた。これは風呂に入れということだろうか。なまえさんも一緒に入るかなんて聞いたら次はクッションが飛んでくるんだろうな。いじりがいがあって可愛らしい人だ。もちろん、なまえさんの可愛いところはそこだけではないのだが。
テレビを眺めているうちになまえさんも風呂からあがったようだ。朝大変なことになるからと、髪の毛は既に乾かされていた。オレとしては水気を含んだ髪の毛に胸を弾ませたかったところだが仕方ない。なまえさんはもう寝るようだ。夜はこれからだよとふざけて言うと馬鹿な子だと切り捨てられてしまった。手厳しい。
「じゃあ、おやすみ」
なまえさんの言葉に乗じてベッドに潜るとどういうつもりだと頭をはたかれた。どういうつもりだって?いやいや、そういうつもりに決まってるっしょ。なーんて。
「和成くんはオネーサンに甘えたい年頃なんです」
「意味がわからない」
いつもみたいにソファで寝なさいよ、どうしてもベッドで寝たいのなら私がソファで寝るわよと言っているが聞こえない。聞いてなんかやらない。そんなことされたら意味ないし。オレは少しでもなまえさんと一緒にいたいの。
オレね、普段はふざけてるけど結構不安なんだ。学校にいるとき、なまえさんが何をしてるかなんて知り得ないし。いつか愛想を尽かされてしまうんじゃないかって。女々しい考えだといつものように笑い飛ばせればよかったのに。なまえさんのことになると駄目みたいだ。
「ね、いいでしょ」
「……今日だけだからね」
諦めたかのように、何か見透かしたようになまえさんはオレを受け入れてくれた。それに対してさすがオネーサンとおどけると調子に乗るなと再びはたかれてしまった。
我ながらガキくさいとは思うが、なまえさんが何だかんだで折れて、こうしてオレの我が儘をきくのが悪いのだ。だから今のうちはこうして、年下のオトコノコらしくめいっぱい甘えてしまえ。
一人前の男になるのはまだ先でいいかな。なんて、隣に彼女がいるという幸せに浸りつつぼんやりと考えた。
20120906