text log | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
「えっと、俺トイレ行ってくるッス」
 皆にそれっぽいことを行ってこの場から去ることにした。トイレは観戦スペースの向こうにあるので、どうやっても苗字さん始め観客のいるところに近づけるのだ。ここで苗字さんに軽く会釈して通り過ぎてちょっとでも彼女にとってカッコイイ奴と思われて終わりにしたい。いつもより歩く速度が遅くなっているのは気のせいではないだろう。
「細川くんっ」
 聞き覚えのある声によって、先ほどの俺の計画はあっけなく潰えた。潰えたとか言っておきながら俺はその声を聞くのを心待ちにしていたのだが。声の主はもちろん苗字さんだ。苗字さんは他の観客をかいくぐりながら、俺の元にやってきた。
「ども、ッス」
「お疲れさま。今日も……すごかった、です」
 二回目だからもう少しまともな感想言えるかと思ったけど無理だった、と照れくさそうに笑う苗字さん鬼カワイイ。でもこの笑顔が他の男にむけられてるのかと思うとやるせないな。もう最後だから、砕けて吹っ切った方がいいだろう。
「その……今日来てよかったんスか」
 うわ、今すげー無愛想な感じになってしまった。空気が固まったみたいだ。
「……やっぱり迷惑だった?」
「それは有り得ない!」
 思わず大声が出てしまい、観客から注目を浴びる。さっきまでいたベンチの方からもすごい視線を感じる。苗字さんがいたたまれなそうだったので、一旦土手の向こうに行くことにした。計らずともこの間苗字さんに初めて話しかけたところを通ることになった。これでちゃんと話せるはずだ。

「えっと、苗字さんが来るのが迷惑とかってそういうのは絶対ないんで。でも苗字さんってか、か、かれしいるのに俺に会いに……じゃなくてもこういう男しかいない試合見に来るのってどうかと思ったンス」
 うわ、あまりにも受け入れられなくて彼氏って言葉が片言になるとか鬼ダセエ。苗字さんは俺が変に口ごもったせいでちゃんと聞き取れなかったのか怪訝な表情を浮かべている。
「ごめん、彼氏って何の話……?」
「えっ」
 予想外の言葉に固まることしかできない。ここしばらくの悩みの種だったのに何の話だと返されるとは思ってなかった。苗字さんはこの間の俺とのやり取りを覚えていないのだろうか。
「えっと、この間彼氏がきっかけでアメフト見始めたとか言ってたッスよね……?」
「あ、ああ……アレは友達の彼氏が試合に出てたから……って言ったつもりだったんだけど」
 俺が彼氏という単語に過剰反応したのがまずかったのか。いや、それでも納得行かない点がある。
「言うときめちゃめちゃ気まずそうにしてたのは何で?!」
「その……」
 苗字さんが言いよどむ。まずい、がっつきすぎたか。
「実はこの間の試合の細川くんのマッチアップの相手が友達の彼氏だったの。でも細川くんがすごかったから……友達の彼氏そっちのけで……ちょっとあの後友達と気まずくなっちゃって、まだあの時も仲直りできてなかったんだよね」
 でももう仲直りして一緒に試合も見に来られたから! と苗字さんは慌てて付け足す。俺は説明を聞いて一気に力が抜けるのがわかった。
 つまり苗字さんは友達に付き合ってこの間の試合に来て、友達が応援している彼氏そっちのけで俺のことを見てたから……今これ考えると調子乗るからやめておこう。まあ、俺のせいではないけど俺のせいってことだな。どうやら苗字さんの友達が俺を睨んでいたのは気のせいではなかったようだ。って、今重要なのはそんなことではない。
「じゃあ苗字さんに彼氏はいないってっことッスよね?」
「え、あ、うん……」
 待て。今の質問はストレートすぎやしないか。苗字さんも答えてくれたものの、驚いているように見える。でも苗字さんがいないって言ってくれたのは鬼嬉しい。
「えっと、私も細川くんに聞きたいことがあるんだけど」
「あ、どうぞ!」
 苗字さんは手を組んだり、頬を掻いたりなどしていてそわそわしているように見える。ひょっとしてさっきの俺の質問に対して彼女いませんかとか? いや、苗字さんに彼氏いないってわかった途端調子づきすぎだろ俺。
「その、初めて会ったとき、私が生徒手帳落としたの覚えてる……?」
「? ……まあ」
 予想外の質問に、少しだけがっかりしてしまう。あの時のことは覚えている、というか忘れられるわけがない。
「それ、わざとだったとか言ったら……細川くん、引いたりしない?」
「えっ」
 心なしか苗字さんの頬が赤い気がする。質問と彼女の表情から判断する限り。えっと、それは、つまり。
「ごめん。引いたよね、忘れて」
「待って!」
 許容量を越えた苗字さんの言葉に固まっているのを彼女は俺が引いたと捉えたのか踵を返し、ここから立ち去ろうとする。ちがうんスよ。引いたとかそういうのじゃなくて! 逃げられないようにと苗字さんの手を掴んでしまった。手、自分のと違って柔らかいなとかそんな気の抜けるような感想を抱いている場合ではない。自分でしたことなのに、顔が一気に熱くなる。何か言わなければ。

「好きです!」
 今度は苗字さんが固まる番だった。絶対今言うタイミングじゃないのに口にしてしまっていた。どうあがいてももう言った事実は覆ってはくれない。頭を悩ませていると、掴んでいた手をふりほどかれた。調子に乗りすぎたかと思ったら、今度は苗字さんによって手を握られる。
「……私も」
 私も、って俺の好きですに対しての返事だよな。苗字さんの顔は真っ赤でこれは、俺の勘違いとかではないはずだ。やばい、めちゃめちゃ嬉しい。今日で終わりだと思ってたのに、逆に始まるとは思ってもなかった。

 この後、俺の告白が部員の耳に入ったようでいつぞやみたいにまあまあ……かなり痛めつけられることになるのだが今日は人生最高の日となった。