text log | ナノ
本日の蟹座のラッキーアイテムがそれだという時点である程度予想はできていたけれど、ここまで来ると何だか笑いがこみあげてくるものだ。
「帰るぞ、なまえ」
「はいはい」
 返事は一回と言われるのも慣れっこだ。いつものように練習が終わるのを待っていると(相変わらず真ちゃんのフォームは綺麗だった)真ちゃんがこちらに顔を出し、帰宅を促した。帰るぞ、といったものの方向はいつもの道とは異なっている。真ちゃんが足を止めた先にはクレープ屋の屋台があった。
 そう、今日の蟹座のラッキーアイテムはクレープだ。しかも何故か屋台に限定されている。朝早くにやっているところが近くにはないので放課後、部活が終わった後ぐらいしか食べる時間はない。今日もほとんど終わろうとしているのにそれらを食すことに意味があるのかなんて野暮なことは聞かない。口にした途端に眉間に皺を寄せて人事がどうのとかぐちぐち言うのが目に見えてるから。
 それにしても、真ちゃんはメニューを眺めてから動きがない。それどころか何故か時折こちらを見てくる。どうしたのだろうか。……まさか、ね。
「真ちゃん、もしかしてクレープ食べるの初めて?」
 だからなかなか注文できないの?私の言葉に真ちゃんはほんの少し、本当にわずかに肩を震わせて悪いか、と呟いた。
「私が真ちゃんと一緒にクレープを食べる初めての人ってことでしょう?嬉しいよ」
 そっか、初めてかあ。顔が緩んでしまいそうだ。真ちゃんに生クリームやチョコ等は苦手じゃないか尋ねた。真ちゃんは頷く。まあ、好物がおしるこだから甘いものは得意だろうけど念のため。そんな真ちゃんのために私の中でのクレープの王道チョコバナナクリームを頼んだ。屋台のお兄さんは慣れた手つきでそれを作っていった。何度見てもあの薄い皮は作れる気がしない。ああ、眺めてる場合じゃない。私のも注文しなければ。
 会計を済ませ、屋台を後にしようとしたが真ちゃんは動く気配がない。自分の空いている手と、屋台とクレープを代わる代わる見ている。何故か真ちゃんは私に視線を移した。そんなにまじまじと見られると恥ずかしいんだけどな。それにしても、真ちゃんはどうして動かないのか。ここで立ったまま食べるつもりなのかな。別にいいけど。目の前の誘惑に負けて一口かじると真ちゃんはとても驚いた。
「そのまま、かじるのか」
「?……うん」
 真ちゃんはそのまま、かじるとクレープとにらめっこしながら唱えた。……食べ方がわからなかったのか。さっきはフォークかスプーンを探していたのか。クレープが満足に食べれない真ちゃん、可愛い。綻びそうな口許は隠しておこう。
「真ちゃん、食べづらいからあそこにベンチがあるし、あっちで食べよう」
「……お前がそうしたいなら付き合ってやる」
 実は私、行儀は悪いけど歩きながらクレープ食べられるんだ。だけど、可愛い彼氏に免じてそういうことにしてあげる。
「うん、もっと真ちゃんと一緒にいたいしね」
 二人で食べたクレープは、今まで食べたものよりもずっと甘かった。なんて、少しベタかもね。

20121015