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「私はあんたの貸本屋になった覚えないんだけど」
 諏訪の手元には私の本棚から取られた本が数冊ある。私は読書が好きで気づくとすぐに書店で本を抱えたと思えばレジに並んでいる。おかげで本棚が悲鳴を上げている。諏訪はこういうのもなんだが顔も似合わず、推理小説が好きという趣味の持ち主だ。別にそれだけならまだしもこいつはある日を境に私の本を無遠慮に借りるようになった。諏訪が探していた本をたまたま持っていたのがきっかけだ。この男は私の本棚を初めて見たとき珍しく目を輝かせた。図書館よりも自分のほしい本が確保できるとかうれしそうに言われてもそんなに有り難くない。しかも貸出期限もないからな、とほくそ笑むがそろそろ料金取ってやろうか。自分でも貸本屋とか言い出したぐらいだし。
「んだよケチ」
 別にいつも全部読むってわけじゃないんだから構わないだろ。別に言ってることもわからなくもないがこちらだって困ることがあるのだ。
「……匂うのよ」
 私の言葉に諏訪は自分の匂いを嗅ぎだした。やっぱり気づいていなかったのだろうか。自分の匂いというのはわかりづらいものね。諏訪は煙草を嗜んでいる。諏訪に本を貸すようになってから、私の本にもその匂いが染みてしまったのだ。日が経って、貸した本が増えれば増えるほど本棚にも匂いが移ってしまうのではないかと錯覚する。
「ああ、煙草の匂いのことね」
「そっちかよ」
 汗臭いとかそういうことかと思った。だから来るなって言うとでも思ったのだろうか。でも俺お前の部屋では吸ってねーぞ、って。あんたが私の部屋で口元寂しそうにそわそわしている様子に気づいてないとでも?あんたは私のことについてわかってないところが多いからいやなのよ、馬鹿。
「じゃあもう行くわ」
「ああそう」
 諏訪の片手には相変わらず私の本がある。またこいつらも帰ってくる頃にはこいつの煙草の匂いに浸食されているのだろう。私はそれで惑わされているのに、諏訪が何ともないようにしているのが悔しいのだ。私がどう思っているのかも知らない、気づいてなんかいない。私がどのような感情で諏訪を出迎えて、見送っているのかも、ぜんぶ。それが悔しくて今日は煙草の匂いについて指摘してみたけれど、奴はどうせ何にも気づいてくれないのだろう。
「じゃ、またな」
 そうやって、簡単に次のことを言い出してくるのも。ぜんぶずるい。私は次も何ともないふりをして、また本棚を自分の物のように漁る諏訪に文句を言うのだろう。

20140801