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「あつい、ほんと意味わかんない。なんなの」
「ごめんねえ……」
 扇風機を占領している菊地原くんに少しでも涼しくなってもらおうと団扇でも風を送ってみるが相変わらず不服そうだ。何でよりにもよって菊地原くんが来てくれた日に我が家のクーラーが機嫌を損ねてしまったのだろうか。おかげで菊地原くんもご機嫌斜めだ。私の冷蔵庫にあるアイスやら飲み物やらを何も言わずに奪っていく始末である。あ、これいつものことだったわ。それに菊地原くん基本いつでも何かに対してぶうぶう言ってる。あれ、これ菊地原くんの通常運転じゃないか。ここまで私びくびくする必要ないんじゃないかな。そんなことを頭に浮かべていると横目できつくにらまれてしまった。菊地原くんは私の心の内の声まで聞き取れるようになってしまったのだろうか。
「き、菊地原くんここクーラー利かないし今日は帰ってもいいよ?」
「は?この炎天下のなかぼくに帰れっていうの。なまえさんってそんな偉くなったっけ」
「……ごめん」
 扇風機と団扇を仰ぐ音だけが響く。相変わらず、仰いでるのは私で風を受けているのは菊地原くんだ。なんだろう、この構図。下僕と坊ちゃんの関係かな。一応先日まで恋人同士だと思っていたのだがいつのまにそんな関係になっていたのだろうか。以前の知り合いから悪化してないかそれ。
「もういいよ、それ」
 それ、というのは団扇のことだろうか。いいよ、というのは私は風を送ることも満足にできず下僕解雇ということだろうか。情けない。仰いでいた手を止めると菊地原くんは扇風機を首振りモードに切り替えてくれた。これは「ご苦労、お前も風を浴びてよし」と捉えてもいいのかな。久々に浴びた扇風機の風は部屋の奥から引っ張り出してきたこともあってどこかなつかしい気がした。でもどこか新鮮なのは、今一緒に風を受けているのが菊地原くんだからか。

「……やっぱりあつい」
 扇風機の恩恵を受けてから数分。ぼそり、菊地原くんは今までで一番機嫌の悪そうな声で私の鼓膜を刺激した。これは、と思い団扇を再び手に取ってみたのだが「そんなの意味ないからいらない」と吐き捨てられてしまった。さっき私がやってたの、無意味だったのか。それは悪かったなあとかそういう思考が過ぎってしまう辺り私は菊地原くんに甘いと思う。ぶつぶつと、菊地原くんは私に聞こえない声で何かを呟いている。また不満でも漏らしているのかなあと呑気に眺めていると団扇を持っている手を掴まれてしまった。夏は暑いからとそこまでくっついてこないので珍しい。
「あついのもむかつくのも全部なまえさんのせいだ」
「えっ」
「だから責任とって」
「ちょ、ちょっと待って」
 菊地原くん暑さで頭だいぶやられてるのかな?にじりよって来たのに身の危険を感じたので思わず退いてしまった。菊地原くんは普段くっついてくるときあぶない香りを漂わせてこないのにこれはよろしくない。菊地原くんは舌打ちをしたかと思えば更に不満そうな表情をこちらに向けてきた。
「なんなの、この世の不条理すべての原因のなまえさんは責任もとってくれないの」
「菊地原くん、落ち着こう。それこそ不条理だよ」
「うるさい」
 軽く唇をふさがれてフリーズする。それはすぐに退いたのだが私の脳内をかき乱すには十分だった。どういうことなの。掴まれていた手に力が込められる。いたいよ、菊地原くん。
「そういうつもりで来たのに、なまえさん相変わらずだし」
 しかもクーラー壊れてるし、ほんと意味わかんない。内容はいつものような毒吐きなのに、まくし立てていて、焦っているのだろうか。……あの菊地原くんが?
「なまえさんのばか」
 いつもだったらかなり心に刺さる単語なのだが今は簡単に受け止めることができる。これは多分菊地原くんに余裕がない故に発した言葉だとわかっているからだ。そんな菊地原くんに私は何が言えるだろうか。どこまでも、私は菊地原くんにとって甘い人でいたいのだ。

「ええと、菊地原くん」
「……なに」
「私かなり汗かいてるんだけどシャワーとか浴びなくていいのかな」
「どうせ汗かくことするのになにいってるの」
 そうだね、と私がするはずだった間抜けな返事は彼の唇によって押さえ込まれてしまった。

20140805