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 想いは消えぬまま



あの時の俺はどうかしていたのかもしれない。今更思ったってもう遅いけれど。



今日のシノギも終わり、冴島組の事務所に戻ろうとした時だった。前方に数人の男に囲まれている女性を見かけて立ち止まる。周りを見ればその光景にみんな見て見ぬ振りをしておりチラリと視線を移すだけだ。女性の顔は見えないが嫌がっていることは遠目でもわかる。ハァとため息をついて俺はゆっくりと男達の元へ歩き出した。あまり目立ちたくないから面倒事はなるべくなら避けたい。けれど困っている女性を見て見ぬ振りをすることなんて出来ないし何より自分が尊敬している冴島の兄貴、じゃなかった親父なら考える間もなく行動に移すんだろう。あの人はいつだってそうだ。自分が危険な立場にいるのにも関わらず、例え相手がどんな人間であろうとその身を投げ出して救ってしまう。そういう所に俺は惚れてしまったのだ。慣れないパソコンを使って頑張っているであろう自分の親父を思い出して密かに笑みが零れた。

「はい、そこまで」

女性の腕を強引に掴んでいる男の手をありったけの力を込めてぎゅうっと掴んだ。男は痛みに顔を歪める。

「彼女、嫌がっているの見てわかりませんか?」

男達にそう言ってから大丈夫と言うように彼女の顔を見て微笑んだ。

「あっ…馬場、さん?」

彼女のその言葉に俺は目を見開く。なんてことだ。まさか君だったとは。驚いたけれどすぐにまた微笑みを浮かべた。

「ミチルさん、お怪我は」

「いえ…大丈夫です」

そうは言うがどう見ても大丈夫そうには見えない。見たところ怪我はしていないようだ。けれどうっすらと涙を浮かべている彼女の目を見て自分の身体がカッと熱くなるのがわかった。

「いてててて!」

腕を掴んでいた男から悲痛な声がしてハッと意識を取り戻す。こいつが、こいつらが彼女を泣かせたのか。怖がらせたのか。そう思うだけで怒りが込み上げてきて笑顔を浮かべる余裕がなくなってきた。こんな顔、彼女には見られたくないからゆっくりと男の方に顔を向ける。

「ひっ」

「な、何だよこいつ」

俺の顔を見て男達が口々にそう言って後退りし始めた。一体、今自分はどんな表情を浮かべているんだろう。まぁ、どうでもいいか。

「すまねぇ、許してくれ!」

俺に腕を掴まれている男は涙目になっていた。それもそうだろう。腕の骨を折る勢いで掴んでいるのだから。

「謝れば許してくれるとでも思っているんですか?ヤクザ舐めてもらっちゃ困りますね」

「ヤクザ?嘘だろ!」

俺がいなかったら彼女はどうなっていたのだろうか。だから許せるわけがない。その腕、使い物にならなくなっても困る人なんていないでしょ。ねぇ?

「馬場さん!もういいですから…!」

身体に小さな衝撃が走り視線を落とせば彼女が俺の背中に腕を回して抱きついてきていた。突然のことに驚いて言葉が出ない。

「私のことなら大丈夫ですから…行きましょう」

そう言って涙目で見上げる彼女に心臓がドクンと音を立てて高鳴る。何て綺麗な涙を浮かべるんだろう。背中に回していた手が今度は控えめに俺の服を掴み始める。早くこの場から離れようという意思表示だということはすぐにわかった。彼女をこれ以上困らせたくはない。怯えている男達を軽く睨みつけて俺は彼女の手を引いてその場を後にした。





「本当にありがとうございました」

あの場から離れるように俺達は歩きはじめ、気付けば人通りのない道へとやってきた。彼女は深々と頭を下げて謝ったが若干まだ震えているのがわかる。抱きしめたい気持ちに駆られたがあの人の顔を思い浮かべて伸ばしていた腕をゆっくりと下げた。駄目だ。あの人を裏切るわけにはいかない。彼女はあの人の大切な人なのだから。

「ミチルさん、もしかして冴島さんに会いにいくつもりだったんですか?」

俺のその言葉に彼女は勢いよく顔を上げた。その顔からはもう怯えの表情が消えていて少し頬が上気している。2人の仲のよさはそれはもう見ていて嫉妬してしまうくらいだ。もし冴島さんじゃなくて俺だったら…そう考えて頭を振る。一体何を考えているんだ俺は。彼女への想いはもう失くしたはずだろう。なのにどうしてなんだ、冴島さんの名前を出した途端笑顔を浮かべる彼女に胸の痛みを覚えるのは。

(俺はもう諦めたはずじゃ…)

その時、携帯の着信音が鳴り始めた。俺ではない、彼女の着信音だ。しかもそれは特別な人用の着信音であり相手は考えなくたってわかる。冴島さんだ。失礼しますと俺に一言言ってから彼女は電話をし始めた。何て可愛らしい笑顔を浮かべるんだろう。俺はいつだってその笑顔に恋焦がれていたんだ。冴島さんよりもずっと前から君を想っていたのに。どうして君は俺を選んでくれなかったの?こんなにも好きなのに。ねぇ、どうして。

「そうなんです、今馬場さんと一緒で…きゃあっ!」

突然、彼女が声を上げたので驚いて見れば怯えたような表情で俺を見ていた。その手には先ほどまで電話していた携帯は握られていない。一体どこにいってしまったんだろうか。ふと、右手に何か違和感を覚えて視線を落とせばそこには一つの携帯電話が握られていた。あれ?これは一体誰のだろう。何だか見覚えがある気がする。そうだ、これは彼女の…。

「馬場、さん?」

バキっと何かが壊れる音が聞こえたのは何故だろうか。




END




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