素顔のシンデレラ
「シンデレラ!まだここ埃だらけじゃない。もう一度やり直しよ」
「はい、お母様」
シンデレラと呼ばれた少女は屋敷の住人の料理を作っていた手を止め、急いで雑巾を取りに行った。綺麗に掃除したはずなんだけれど、とシンデレラは思ったのだが汚れをしっかりと落とさなかった自分が悪いのだ。心にそう言い聞かせて彼女は後ろで自分を鋭い目で監視する継母の視線を感じながらテーブルを拭き始めた。
「埃だらけといえばお前の服もひどいじゃないの。みっともなくて見ていられないわ」
そう言う継母だったがあいにくシンデレラの服は彼女がいま来ているこの一着しかないのだ。ここに引き取られてからは新しい服などもらえず、毎日派手で煌びやかなドレスを着ている継母や姉をうらやましがる日々が続いていた。
(私もお母様やお姉様のような綺麗なドレスを一度でいいから着たいわ…)
しかしそんな我侭を口に出してみたらどうなるかわかっている。きっと自分はこの家から追い出されてしまうんだろう。だから彼女はずっと夢みていたのだ。いつか王子様と幸せに暮らせる日が来るのだろうと…。
そんなある日のことだった。いつものようにシンデレラが屋敷の掃除をしていると、玄関からはしゃぐ女性の声が聞こえてきたためお出迎えをしようと彼女は急いで玄関へと向かった。姉たちは「お帰りなさいませ」と言うシンデレラの横を平然と通りすぎると継母に向かって声高らかにこう話し始めた。
「お母様!今日、開かれる舞踏会に招待されたの!だから今から新しいドレスを買ってくれるかしら」
「私もほしいわ!ねぇいいでしょお母様」
シンデレラは知らなかったのだが今日は年に一度の舞踏会が開かれる。姉たちの話では招待されたのは今、目の前にいる2人だけでありもちろん自分は入っていない。そんなことはわかっている。けれど彼女はどうしても行ってみたかった。一度だけでいい。淡く光る水色のドレスを着てキラキラ光るティアラを被って素敵な王子様と踊りたい。その願いがもし叶ったら自分はこの家を追い出されてもいい。そう、彼女は思ったのだ。
「私も行きたいわ」
その一言をぐっと飲み込んで、彼女はその場を後にした。
夜になり、シンデレラは自分の部屋で穴だらけの着ている服を縫っているところだ。ここは屋敷の外にある小さな物置小屋であり、彼女は長い間この場所で住んでいる。最低限の衣食はもらっているため生活する分には困らないのだが、屋敷の中を掃除しているとやはり自分が惨めに思えてしまう。なぜ自分だけこんな暮らしをしているのだろう。私も舞踏会に行きたい。そんな魔法のような奇跡なんて起こるはずもないのに。
「ちょっとアナタ」
「っ!?」
自分1人しかいないこの部屋に突如、聞こえた女性の声にシンデレラは声にならない叫び声をあげた。恐る恐る振り向けばそこにはふくよかな体型をした女性がいた。赤い縁のメガネに薄紫のワンピースのようなものを着ていて、その手には先っぽに星の形をした短い杖が握られている。その姿はまるで魔女のようだ。
「あ、あの。一体どこから…?」
「あ、ごめんなさい。勝手にお邪魔しちゃった。それよりアナタ何か食べ物を持っていないかしら」
「食べ物ですか?」
「そう。もし私にくれたらアナタにとびきりの魔法をかけてあげるわ」
(魔法?この人はもしかして魔女なの?)
よくわからないが困っている人を見過ごすことが出来ない心優しいシンデレラは何か食べ物を恵んであげようと静まり返る屋敷へとこっそり向かった。冷蔵庫には巨大なハムがあったので彼女はあの魔女なら食べられるだろうと即座に判断してそれを両手に抱えながら魔女の元へと戻ると魔女はたいそう喜んで巨大ハムをあっという間に平らげてしまった。
「ふう、ご馳走様。アナタは何て心優しいのかしら。あら?」
「?」
「アナタよく見ると可愛い顔立ちをしているのにもったいないわ!私がとびきり綺麗にしてあげる」
「え?え?」
何が何だかよくわからなかったが魔女が2つのある物を用意してほしいと言われたのでシンデレラはまた屋敷へと向かった。2つのあるもの、それはカボチャと二匹のネズミだ。そういえば農園でカボチャを育てていた。これでカボチャの確保は決まったので後はネズミだけだ。
「さて、後はネズミだけだけど…」
今からネズミを捕まえるだなんて無理に決まっている。静まり返った屋敷をウロウロするわけにはいかないし、それにネズミなんてそう簡単に見つけられるわけがない。
「そうだわ。屋敷が駄目なら私の部屋を探せばいいのよ」
自分で言ってシンデレラは少し悲しくなった。案の定、ネズミはすぐに見つかりシンデレラは魔女にカボチャとネズミ二匹を差し出す。そのとき魔女が哀れな目をしていたことにシンデレラは見てみぬ振りをした…。
「さて、これで準備が整ったわ。今から魔法をかけてあげるシンデレラ」
「はい(どうして私の名前を…?)」
「タコヤキカンライヤキニクベント〜〜!」
(何だか変な呪文だわ…)
魔女がそう唱えた瞬間シンデレラの身体がキラキラと光り始めた。それと同時にカボチャとネズミにも光が降り注ぎカボチャは馬車に、ネズミは白馬へと姿を変えていくではないか。
「ウソ…?これが私?」
あんなにボロボロだった服が淡い水色のドレスへと変わり、頭には黄金に輝くティアラが乗っている。シンデレラの顔には化粧が施されておりその姿はまるでお姫様のようであった。
「さぁ、早く舞踏会に行くのよシンデレラ。王子がアナタを待っているわ」
「魔女さんありがとうございます!」
「私はハナって言うの。さ、魔法が解けないうちに早く行って」
魔女が言うにはシンデレラにかけられた魔法は24時を過ぎるとその効力を失ってしまう。魔女が教えてくれた今の時間は23時半ごろだった。それを聞いたシンデレラは急いでカボチャの馬車に乗り、白馬とともにお城へと向かったのだった。
「アレが王子様のタニムラ様よ」
「何て素敵な殿方なのかしら!」
「でも何だかお顔が優れないわ」
城の王子であるタニムラはつまらなさそうに椅子に腰をかけている。目の前には何が何でも自分と結婚しようと目論んでいる派手に着飾った女たちがいて、タニムラは何度目かわからないため息をついた。
(…つまんねぇな。カジノにでも行くか)
まさかの王子様は無類のギャンブル好きだったのだ。タニムラは従者にトイレに行くと愛想笑いを浮かべながら言うと席を立った。さて、どうやって城から抜け出そうかと考えていたその時、目の前にうずくまっている1人の女性を見つけて思わず声をかける。
「どうしたの?」
「このような立派な靴に履き慣れていなくて…」
そう言う女性は今まで見てきた女性と同じような出で立ちだったが、彼女を纏っている優しげな雰囲気と儚げな表情にタニムラは目を奪われる。気付けば彼女に手を差し出して自分でも驚くくらい優しい言葉をかけていた。
「立てるか?あぁ、靴擦れを起こしているな。どれ、手当てしてあげるよ」
「いえ、そんな、大丈夫です」
「立てないほど痛むんだろ?ほら、こっちおいで」
そう言って彼女の手を握ったときだった。急に手を引っ込めてしまい彼女は自分を怯えたような目で見ている。しまった。ちょっと先を急ぎすぎたか。今までとは違う初めて出逢った女性につい気持ちが昂ぶってしまった。俺らしくもない。
「悪い。嫌な思いさせちまったな」
「いえ、違うんです。貴方は悪くありません。本当はもっとお話したいのですが時間が…」
「時間?」
壁にある時計を見れば針は24時を刺すところだった。おそらくだが彼女はまだここに来たばかりなのだろう。現に自分は今日始めて彼女を見たのだ。それなのに何故そんなに急いでいるのだろうか。
「お楽しみはこっからじゃないか。君も俺に会いにきたんだろう?」
「えっ、あのそうなんですが…でもこのままだと魔法が」
「まほう?」
タニムラがそう言って首を傾げた時だった。突如、彼女の身体がキラキラと光り始めあまりの眩しさに反射的に目を閉じる。
(何なんだ一体…!?)
しばらくして目を開けるとそこにいたのはまるで使用人のような格好をした女性がいた。誰だと思い顔を見ればさっきまでいた女性であり彼女は泣きそうな顔で自分を見つめている。一体、何が起きたのだろうか。継ぎはぎだらけの服に化粧を落とした顔、そしてあまり手入れされていない髪にと先ほどまでの豪華さは感じられない。おそらく目の前にいる彼女は(何故かはわからないが)突如変化した自分のその姿を恥ずかしいと思っているのだろう。だがタニムラは違った。
(何だ…こっちの方が可愛いじゃん)
「あの、私帰らせていただきます…!」
涙を流して去ろうとする彼女の腕を強引に掴み、タニムラは自分の元へと引き寄せた。小さく声を上げる彼女に愛しさを覚える。綺麗に着飾ったあの姿より自分は今、素顔の彼女に惹かれてしまったようだ。このまま帰したくない。そう強く願ってタニムラは彼女を抱きしめる手に力を込めた。
「帰したくないな…」
「え…?」
「君のこともっと知りたいんだけど」
そう囁いて下を見れば彼女の耳が赤くなっていることに気付き、タニムラは初めて心から笑った。
それからシンデレラとタニムラは城を出て遠い国で幸せに暮らしました。こうしてシンデレラは幼い頃からずっと夢にまでみていた願いを叶えることが出来ましたとさ。
END