川岸から少し登ったところにかつて小さな村があったが、今はルシタニア兵によって荒廃に帰している。その村の農家に、ささやかな反ルシタニア勢力が集結しており、ミトもその一員となるべく、ナルサス、ダリューンとともに村を目指していた。

家は焼かれ、石造りの塀も馬屋も破壊しつくされたその村の入り口に辿り着いたとき、「おかえりなさいませ!」と少年らしいが落ち着いた声が奥から聞こえてきた。
ナルサスたちの仲間らしいが、かなり若い少年だったのでミトは面食らった。彼が近付く足音がほとんど消されていたことにも、驚いたのだが。

「お怪我はないかと存じますが、ご無事でなによりです。ナルサスさま、ダリューンさま、と……?」
「エラム。ご苦労だったな。エクバターナのこと……この者のこと、いろいろと話さねばならぬことがあるので、皆を集めてもらえぬか」
「は、はい……」

エラムと呼ばれた少年は明らかに警戒した目で、ナルサスの馬に乗るミトを見ており、困惑が顔いっぱいに広がっていた。

「ええと、ミトと申します。後ほど自己紹介させていただきます……」

気まずい気持ちになりながら挨拶だけすると、少年は目を伏せて会釈をし、またほとんど聞こえぬ足音で村の奥へと消えていった。



***



村の家屋のほとんどは叩きのめされていたが、なんとか形を留めているものが一軒だけあり、彼らはそこに潜んでいるそうだ。馬を外に繋いでその小屋へ向かうと、一人の男が、扉に寄りかかってこちらを眺めていた。

「やあ、戻られたか」

深い赤紫色の髪が目を惹くが、それ以上に、かなり整った顔に貼り付けられた不敵な笑みが印象的な男だった。今まさにみつけたように言いつつ、ミトたちを待っていたようだった。

「ん、んん〜?この戦さの最中ですが、いくら縁者を亡くした娘とはいえ、どさくさに紛れて人攫いとは、ダリューン卿も隅に置けませんな」
「……いろいろと訂正したいのだがまあよい。おぬしも中へ入られよ」

屈託のない笑顔――そのように「見せて」いるのだということは、彼に初めて会ったミトにもわかった。先ほどのエラムとはまた違う警戒の色を笑顔の裏に隠している。
にこにこと笑いかける彼にも軽く会釈をして、ミトはナルサスに続いて扉をくぐった。

「ダリューン、ナルサス、無事で何よりだ!」

小屋の中には、エラムと、見ているこちらが恥ずかしくなってしまいそうなくらいの美女と、まだ身体も出来上がっていない優しげな少年がいて、こちらを見るなり立ち上がって出迎えてくれた。
ああ、この人がアルスラーン王子。そして彼らの希望なんだな、とミトは思った。
純粋な瞳は曇りなく輝いており、不安そうな表情ではあったが、そこに繊細さと他人を思いやる気持ちの強さが伺えるのだ。
ナルサスとダリューンはさっと跪き、ミトも服の裾を引かれたのでそれに倣った。

「すまぬが、そちらは……?」

先に戻ったエラムから話は聞いているはずだが、やはりミトを見て戸惑っているようだった。ミトがどこ国の何者なのか、外見からはまったく見当がつかないからだろう。

「エクバターナ潜入中に出会いまして。名をミトと申します。殿下、戻って早々勝手を申しますがどうかご容赦ください。この者を、我らが軍に加えさせていただきたいのです」
「何故そのように?」
「この者の装いを御覧ください。パルスはもちろんのこと、ルシタニア、シンドゥラ、ミスル、セリカに及ぶまで、我らの知る国にはこのような仕立ての物は存在いたしません」
「……?」
「ミトは、彼女の言葉を借りれば、この世界とは別の世界からやって来たようなのです」
「!?」

ナルサスの突拍子もない言葉に、誰もが目を丸くする。

「なぜ彼女がここへ来てしまったのかはわかりません。しかし、どうやら死ぬこともできぬそうなので、何か意味があってのことかと」
「す、すまぬ、ナルサス。同行することは承知してもよいのだが、私の理解力が追いつかぬので、少し待ってくれぬか……」

アルスラーンは眉を寄せてナルサスを一旦制止する。あまりにも突然に考えもしなかったことを聞かされたので、混乱するのは当然だった。

「殿下、私も初めは理解できませんでした。しかし、この者の言動から、少なくとも我らの知る国々の者でないことは確かだと思います」

ダリューンが諭すように言うと、アルスラーンではなく、部屋の隅に慎ましげに立っていたエラムが「そのような方を殿下のおそばにおいてよろしいのでしょうか」と控えめに言い、だがすぐに「し、失礼いたしました」と気まずそうに頭を下げた。
ナルサスとこの少年とは主従関係にあると聞いていたので、ナルサスの連れてきたミトを否定することは、ナルサスを否定することになると気付いたからだろうか。彼の主はそんなことで機嫌が悪くなるような人ではないと思うが、エラムの忠実さが許さなかったらしい。

「確かにこの者の身元を証明することは出来ません。……異界から来たのですから。ですが、殿下、今から申し上げることはナルサスの妄言と思っていただいても構いませんが、どうかお聞きくださいますよう」
「ど、どのようなことだろうか」
「ミトが我らの国、我らの時代へ来たのは、何か大きな意味があることと私には思えてなりません。例えば、この者が、殿下の進む道を勝利に導くといった……」
「そ、そんなっ……」

ここでミトは大袈裟すぎると声をあげかけたが、ナルサスに目配せされ、口をつぐんだ。

「この者はエクバターナの『夜の門』付近から、城頭のルシタニア旗二本をまとめて射抜きました。ギーヴ卿、おぬしなら同じ芸当が出来るかと思うが」
「はあ、俺やファランギース殿ならばやろうと思えば出来ますが、フツウの兵士にはまず無理でございましょう。……というか、そんなことをしようと考える方がフツウじゃありませんな。それが、この辺の人間ではないという証明に繋がるということですか」

ギーヴと呼ばれた美青年は呆れて肩を竦めたが、ナルサスの思いがけない説明を受け入れつつあるようであった。

「殿下。精霊共が騒いでおります。この者が何者なのか、どのような運命をもたらす者なのか、彼らも見極めかねているようでございます」

黙って話を聞いていた絶世の美人は、長い睫毛を伏せ、神のお告げを伝えるように静かに呟いた。
王子はしばらくミトをみつめ、思案している様子だったが、やがて片膝を付き、ミトと視線の高さを合わせたので、周りの者も驚いてしまった。

「ミト。おぬしの話を聞いてみたい。おぬしは、何者なのか。我らと共にあるべきなのだろうか?」

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