ホディールが王子の従者を陥れて、自分ばかりが得をしようとしていることがわかったとなっては、もはやこの城に留まる理由はなかった。
ミトたちは早速建物の外に出て、馬に鞍を置くなど、石畳の中庭で出発の準備をしていたのだが、なおもホディールは「お待ちくだされ、殿下!話を聞いてくだされ!」と追いすがった。

「その者共は忠義面して殿下を邪な道に誘い込もうとしておるのですぞ!許し難い悪人共でござる!」
「それはおぬしの方だろうホディール。陛下を傀儡にしそこねたからといって八つ当たりするのはやめてほしいものだな」

黒の鎧で身を包んだダリューンに一睨みされると、ホディールはその気迫にたじろいだが、今度は腰を低くして、アルスラーンに近付いてみせた。

「無用の疑いを招いたのは我が身の不徳……もはやお止めはいたしません。せめて殿下のご乗馬のくつわを我が部下に取らせましょう」

ホディールが汗をかきながらかろうじて人の良い表情を浮かべ、部下二人に合図をした。
だが次の瞬間、ファランギースとギーヴはほとんど同時に剣をとり、進み出た部下たちのそれぞれ片耳と喉を斬り飛ばしていた。
不意の衝撃に、叫び声をあげるホディールの部下の手から短剣が零れ落ち、石畳の上でうるさいほど高い音を立てて跳ねた。

「王太子殿下に近付くに短剣を隠し持つとはどういうことか。それともこの土地ではこれが王侯に対する礼儀とでも言うか?」

ファランギースが鋭い視線を投げかけると、城主たちはひるみつつも、もはや戦いは避けられぬと思い武器を構え始めた。
そこへ黒馬に乗った騎士が躍り出た。水平に剣を振り「おとなしく出ていかせた方がおぬしのためだぞ、ホディール」と低い声で牽制すると、戦士の中の戦士ダリューンの噂を耳にしたことがある者は後ずさりし、戦う姿を目で見たことのある者は今にも逃げ出しそうになっていた。

「ぐっ……弓箭兵ーっ!」

まともに剣で戦っても敵わないと悟ったホディールは建物の上に控えていた兵たちに合図をする。しかし人影は現れたものの、そこから矢が放たれる気配はなく、狼狽える声ばかりが聞こえてくる。

「どうした!早く射よ!」
「言われたとおり詰所にあった弓の弦はすべて切っておきました!」
「よくやった、エラム」
「!?」

先ほど、ナルサスがエラムに指示していたのはこのことだった。褒められて嬉しそうにしている侍童と、その主を睨み「こ、この狡猾な狐めが!」とホディールが罵るが、「なんの。おぬしの足元にもおよばんよ」と余裕たっぷりに返され、返事もできない。
ミトが眠りこけている間に、打つ手はすべて打たれていたのだ。
感心していると、ナルサスはゆっくりと城主の前に馬を進めた。

「さてカシャーンのご城主。こちらには数は少ないが弓矢もあれば射手もいる。賢明なおぬしのことだ。城門を開いて我らを送り出すという考えにご賛同いただけると思うが……」

ホディールはすでに馬上から三人の射手に狙われていた。すなわちファランギース、ギーヴ、ミトである。このうち三人も一度にはずすのは、彼らの腕前からは奇跡に近かった。

しかし事態は急変した。
突然、中庭を照らす篝火が消され、辺りは夜の闇に包まれたのだ。

「王太子を捕らえよ!我らが主をお助けするのだ!」

ホディールの部下が、彼らの主の危機を救うため、機転を利かせたようだった。

「いいぞ、王太子を狙え!この闇に乗じて押し包め!」

興奮する兵士やホディールの罵声が飛び交う。だが、むしろ闇の中で慌てふためいているのは彼らの方で、敵の姿が見えず、恐怖から味方同士で闇雲に剣で斬り合ってさえいた。
王子一行の方がはるかに落ち着いて行動していたのだ。

ダリューンの剣がうなりをあげて敵を撃ち倒していくのを見たホディールは早速逃げ出したようだったが、彼の鎧はその欲の深さを象徴するように場違いなほどきらびやかだったので、闇の中でも追うことができる。
ダリューンは周りの兵士を吹き飛ばしながら、猛然と城主を追撃していく。



「真っ暗でなにもわからない……」

一方ミトは暗さに慣れず、その場に立ち尽くしているだけだった。
ダリューンやギーヴなどはもちろん一人で心配ないだろうが、アルスラーンを守ってくれている者はいるのだろうか。彼のそばまで行ければいいのだが、敵も味方も区別がつかない。
しばらく剣をぶつけあう音だけを聞いていたが、ふと、暗闇のなかにぼうっと浮かび上がる姿をみつけた。

「エラム……?」

目を凝らすと、そこには見知った少年の姿があった。どうやら消された篝火に火を灯してまわっているようだが、松明を手に持つ彼の姿は、敵からは丸見えで、恰好の的になってしまう。
不安はすぐに的中した。
彼の背後で剣を振り上げる兵士の姿が闇に浮かび上がったとき、ミトの身体は勝手に動いていた。

「エラム危ない!!」
「!!」

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