「ねえねえ最近一松兄さんスマホ見ること増えたねえ。なんかおもしろいアプリでもあるの?女の子つれる?入れ食い?」
「うるせえ性欲バカ」
「うわーんバカって言われたよう!みんなだってそういうの見てるでしょ?ねえチョロ松兄さん!」

居間の隅っこに小さくなってぽちぽちとスマホをいじっていたら末の弟が寄ってきた。それだけならまだいいんだけど、兄弟みんなに聞こえるような声で絡んできたので一掃してやったら、余計に話が拡大した。
別に今は唯ちゃんと連絡とってるわけじゃなくて、ただなんとなく連絡が来そうな気がしたから画面見てただけなんだけど。そう、つまり連絡は来てない。

「え、俺!?み、みてないよそんなの!」
「も〜ほんとチョロ松兄さんってクソつまんないんだから」

アイドルのツイッターを眺めていたうちの三男は童貞臭い声を出して否定していたけど、本当にそういうことが出来なそうな質だった。
俺もできる気がしないし、実際女の子入れ食いアプリなんかやってそうなのは長兄と末弟くらいだと思う。

「いや、でも一松最近ひとりで夜どっか行くし、マジでコレかもよ?」

そう言っておそ松兄さんはにやにや笑って薬指を立てていた。表現が古い。

「え!なになに!?出会い系!?え!セクロス!?」
「フッわかるぜ、一松。お前は恋に落ちかかっているんだろう?纏ったオーラが物語っているさ、画面の向こうの薔薇の姫にお前は」
「……」

俺は兄弟たちが好き勝手言って盛り上がるのを無視して二階へ逃げていった。



「……モヤモヤする」

胃とか心臓とか、最近ずっとそのへんが居心地悪そうにしていた。
なんでだろう。だいたい見当はついているけど。そう、唯ちゃんが原因なのだ。ただし理由はよくわからない。
きらきらしたまともな人間である彼女といると、自分とは違う種類の人間がこの世界ではスタンダードだってことをいやでも認識させられるからだろうか。自分がいかに社会のゴミかってことがありありと見えてしまうからだろうか。
ほんとうは、彼女は自分と一緒にご飯なんか食べていい人じゃないというのはわかっている。

それなのに、どうして何度も会ってる?ずっと彼女からの連絡を待っている?煩わしいと思いながら、どうして遠ざけようとしない?

カラ松の言っていたことが案外的を射ているのかも、と一瞬思ったけれど、そうではないような気もする。自分が何を考えているのか、よくわからなかった。

「はあ、モヤモヤする」



***



その日はトド松とパチンコに行って、数時間座ってたものの勝ちもせず負けもせずで店を出た。最近ボーダーすら回らないことが多かったから、まあマシな方と言えようか。
トド松は笑顔が若干引きつっているので、勝ったことを誤魔化してるのかもしれないけど。

いつもどおりクズニートの日常を送って日々をすり減らしていたところ、俺の猫背を誰かがぽんと叩いた。

「一松さん!」
「あ……唯ちゃん」

振り返ったら、唯ちゃんがいてにっこりと笑っていた。なんだか焦がれすぎて、数日顔を見てないだけなのに、ひどく久しぶりに会ったような気がする。いや、それより焦がれるってなんだよ、『いちずに、激しく恋い慕う。切ないまでに思いを寄せる』?いやいや言葉を間違えている。
俺はただ彼女のことを気にしているだけだ。俺と一緒にご飯を食べてくれるただ一人の貴重な女の子だったから。それにたまに顔を見ないと、いつまた踏切に飛び込むかもわからないし。

「どこか行くんですか?……って、ん!?」

俺と話していた唯ちゃんは、横にいたトド松に気付いた瞬間、目を丸くした。
あ、面倒くさいことになった、と俺は思った。「あ、えへへ、僕の顔に何か付いてます?」とか言ってトド松が俺を押し退けてきた。

「も、もしかして兄弟の方ですか?」
「うん!まあ僕たちは一卵性なんだけどね」
「え!?えー、あ、確かにそっくりですね!え、すごい!」

得意気に話すトド松の横で俺はそっぽを向いていた。兄弟がいると言った覚えはあるけど、もちろん面倒だから六つ子だということは彼女に話していなかった。
そういえば、唯ちゃんが俺以外の男と喋るのを見たのはこれがはじめてだった。他のふつうの男とか、彼氏とも、こんな感じで話すのだろうか。俺の知らない唯ちゃん。

「えーえー。ほんとに一松さんと同じ顔、ふふ、かわいい〜」
「え?そ、そう?」

聞き流していたはずなのにその言葉だけ妙に鮮明に聞こえてしまった。
彼女は俺とトド松を見比べて、しあわせそうに微笑んでいた。それって俺をかわいいって言ったのか、トド松をかわいいって言ったのか、どっちなの。まあトド松は後者だと思って頭を掻いていたけど、俺は違うと思うね。

「あ、私ちょっと急いでて、残念だけど失礼しますね」
「えっ、もう行っちゃうの〜?また今度お話しようよ」
「はいっ!また今度」

なぜかグイグイいってるトド松越しにちらっと唯ちゃんの方を見ると、ばっちり彼女と目が合って、「じゃあね」と軽く手を振られた。



「ちょ……可愛くない?」
「は?」
「誰いまの。めちゃくちゃ可愛くない?」
「あー……」

トド松は深刻な表情で、唯ちゃんの去った方を見ながら俺に訊いていた。

「え?一松兄さんなに?あの子可愛いよね?」
「……」
「まあそうでもないか」
「……いや、可愛い」

若干言わされたような感じはあったが、俺は言った瞬間にこれって本心なのではと思ってしまって、照れ隠しのために溜息をついた。
するとトド松が途端に表情を歪めたから何かと思えば、「なんだよそう思ってるなら早く言ってよ!」と俺の肩を掴んだ。

「兄さんにその気がないなら僕が、とか思ってたんだからさあ!」
「……その気は別に」
「え?は?てか一松兄さんなんであんな子と知り合いなの?いつの間に?」

肩を揺らされるのをされるがままにしてぐらぐらと揺れていると、トド松はハッとしたように黒目の大きな瞳を見開いた。

「あれ、え、え、もしかして最近あの子と連絡とってたり、プレゼントもらったりしてたの?」
「……してた」
「えっ……!」

他人のことよく見てるなあこいつは、と俺は少し感心した。兄弟たちのなかで一番他人の心を掴むのが得意なだけはある。そういうところが、俺と似て非なるところなのか。

「でも別にそういうのじゃないから」
「えっなら僕にも連絡先教えて!」

いや、切り替え早いんだよ。

「やだ」
「えっなんで」
「あの子彼氏いるから」

そう言うとトド松は俺の肩からぱっと手を離した。そして神妙な面持ちで、口を尖らせる。

「えっと……兄さん遊ばれてるの?」
「いや、別に、他人なだけ」

そう、他人なら別にいい。相手に彼氏がいたって、本気じゃなければ何も問題ない。そう思って俺は「他人だ」なんて言っていた。

けれど、今日トド松に言われたことが、小さな棘みたいになって俺の身体の中に入っていった。
その棘は、血液のなかを流れて、いつか心臓に到達してしまうだろう。周りから見たら、彼氏のいる女の子と連絡をとったり一緒にご飯を食べたりする行為を、ふつうなんて言うのか、当事者の俺は気付かないふりをしているだけだった。


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