偶然、メンヘラ女をひとり助けてしまった。

ネコを連れていつも通り街をふらふらしていると、踏切の中に女の人がひとり突っ立っているのをみつけてしまい、どうしたらいいものかとしばらく遠目に見ていた。
するとお節介なネコが彼女のもとへ走っていってしまったので、俺も仕方なくついていった。
そういうわけで、彼女と出会ってしまったのだ。

踏切の中で振り返った彼女の目を見たとき、本気ではなく一時的な迷いから死のうとしていることがなんとなくわかった。
世間を疎んでいるようでいて、世間に生かされてきた瞳。彼女は人を信頼することができるし、人から信頼される人間だと、自分とはちがう種類だとすぐにわかったのだ。

案の定、声をかけたらすぐにこちら側に戻ってきたけれど、俺の前で座り込んでしまった。腰が抜けたみたいで、立てないらしい。

「た、立つの手伝ってもらえますか……」

弱々しい声が足元から聞こえた。放置していくわけにもいかず、仕方がないから、彼女の肩を支えて立ち上がらせた。
さすがに俺も彼女の混乱っぷりにひきずられていたし、この時は、女の人と触れているとかいったことで動揺している余裕はなかった。

このまま家へ送り届けるなんてのは面倒だから、とりあえず道路脇へ移動させ、ちょうどいい段差があったので彼女を座らせた。
彼女は俯いて少し震えていた。怖かったんだろうな、とぼんやり思う。
正直他人の俺にはなんにも関係ないことなんだけど。

「じゃ、帰る……」
「ま、待って、ひとりにしないで」

あまり関わっても面倒なことになりそうだから、俺はそそくさと身を翻したが、彼女の声で足を止めた。

「ひとりだとまたあっちに行っちゃうかもしれないから、一緒にいてもらえませんか」
「……じゃあ落ち着くまで」

ここまできたら、逃げずに最後まで世話をするしかないだろう、と諦めた。
俺は少し距離を開けて、彼女のとなりにすわった。

「すいません、やっぱり予定とかあったら先に……いや、ごめんなさい。予定あったとしてももう少し一緒にいてほしいです」
「平気。用事とかなにもないから」
「あ、ありがとうございます。ほんっとすいません、ご迷惑おかけして……うう、わたしなんてやっぱり……」

急に彼女の声が震えて、見ると大粒の涙をぽろぽろ流していたので、俺はぎょっとした。
目の前で女の人が泣くところを見たのは、これがはじめてかもしれない。だからどうしたらいいかわからない。初対面だし、なおさら、一体俺はどうしたらいいんだ。

「……コレ持って。抱いてると落ち着くから」
「にゃーん」

少し考えてから、俺は仕方なく自分が抱いていたネコを差し出した。もとはといえば、コイツが彼女のもとに走り寄っていったのが原因なのだから、責任はとらせないと。

「あ、あ、ありがとうございます」

彼女はネコを両手に優しく収めると、泣きながら一生懸命にぎゅーっと抱き締めていた。その姿が、あまりにも健気で、不覚にもいいなとか思ってしまったので俺は頭を振った。

しかし、彼女の気がすまないと自分も帰れなそうなので、話でもきいてやるか、と俺は思った。女は解決策がなくても、話すだけですっきりするとかいうし。

「ところで、なんで踏切の中にいたの」

そう訊くと、彼女はかえって安心したように眉を下げた。

「実は、ほんとくだらない理由で恥ずかしいんですが、彼氏に二股されてることがわかって……」

ああ、確かにくだらない。俺は一瞬にして同情する気持ちが吹き飛んでしまった。なんだ、彼氏とか、つまんねえ理由だな。

「それでもうだめだ〜って。大好きだったんですよほんとうに。結婚しようとおもってたのに……」

やはり彼女は自分とはちがう世界に生きていた。
まっとうに生きて、彼氏もいて、結婚できるかもと思うくらいしあわせに満ちた時間を生きてきたんだろう。そうだ、そのしあわせが大きすぎたから、失ったことに耐えられなかったんじゃないのか?それなら彼女の自業自得じゃないか。身に余るしあわせを得てしまった彼女自身が、悪いんじゃないか。

「あの、話してたらちょっと落ち着いてきました」
「……そう?」

俺はぐるぐるとうねり始めた思考を一旦捨て、彼女の方を見た。
髪はさらさらと流れていて、肌は白く、睫毛は黒くて長くて。化粧をした頬が夕焼けみたいに染まっていた。一般的な可愛さが、自分にはどうも眩しくて、思わず目を細めてしまう。

「はい。ありがとうございました、ほんとうに……なんて感謝したらいいか。あなたは恩人です」
「いや……」
「あの、よかったらお礼したいので、お名前と連絡先を聞いてもいいですか?」

ぱっと顔をあげた彼女と、はじめて真正面から目が合って、心臓が跳ね上がった。
もともと他人と接点を持たないようにしているから、どんな顔で普通の女の子と話せばいいのかわからないのだ。

「……松野一松」
「はい。一松さん。……あの、あと連絡先は」
「お礼は別にいらない。じゃ、頑張って生きてね」
「えっ」

ぷい、と顔をそむけると、彼女は存外に悲しげな声を出した。
悪いけど、すむ世界が違いすぎる。自分とは関わる必要のない人間に連絡先なんか教えても、無駄な期待をして虚しくなるだけだと思ったのだ。

俺が立ち上がると、ネコもあとを追うように彼女の腕のなかから飛び出した。
彼女も立とうとしたみたいだが、まだうまく力が入らないのか、よろめいてストンと座り込んでいた。


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