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ぱちん、だなんてそんな生易しいものではなかった。もっとこう――女の子を怒らせてしまった時に男は決まってそれを喰らう訳だけども――これは女の子の怒りと悲しみとどうしようもない苛立ちが最大限に込められた平手打ちよりももっと手厳しいものだと俺は今ここに断言できる。
しかもそれを男が放ったなんて、俺がその時にその場に存在していたことを全否定するような意味を込めた最強の平手打ちを繰り出したなんて、まだまだ信じられない訳ですけども。

「――……痛い」

「自業自得だろ」

俺はまさに"最恐で最強"な平手打ちを喰らい膨れ上がった右頬を冷やしながら、朝っぱらからそんな恋人同士がする馬鹿馬鹿しい痴話喧嘩の様な会話を数えきれない程に繰り返した訳で。

事の粗筋を聞いた人はみんな腹を抱えて笑っているか俺の馬鹿馬鹿しい行動に対して呆れた様にため息を溢して、"なんでそんな馬鹿なことやってんの"と言いたげに眉をだらしなく下げていたりとまあ様々な反応をしている訳ですが。
俺は職場のみんなに散々に弄られたことに頬を膨らませて文句を二言三言返して子供みたいにむくれてきたのだが、本心は恥ずかしさで一杯だったようで、俺の頬はどんどん赤みが強くなってきているし、血流がよくなったせいで、余計にじんじんと脈打つ痛みを先程よりも強く感じてしまっているのだ。蒸し焼きにされているような熱を放ち、額からじんわりとした汗が滲んでいるのを感じる。

「先輩だって寝ぼけて俺のことユカ、ユカって言ってたじゃないですか」

「妹かと思ったんだよ、まさかお前が俺のベッドに潜り込んでくるとは思わなかったんだよ」

「痛い痛い痛い痛いっ!!!」

俺が口を尖らせて何か言い訳がましい文句を先輩に言うと、先輩は俺の耳たぶを思い切り捻った。

「残念だなあ、この国じゃあお前らの愛は認めてもらえないぞ?
ノルウェーだと結婚が認められてるらしいからちょっくら行ってこいよ」

「行きませんよ、大体こいつとそんな関係にありませんから――って言うか何でそんなどうしようもない知識持ってるんですか」

先輩は冷やかしを入れてくる、この話をタイミング良く聞くことができた事務課の年配の人をいかにも不機嫌そうな面持ちであしらっている。

ここは都内にある警視庁第七課。
俺の階級は巡査。いわゆる刑事ってやつ。まだまだ新米だけど。
俺に“最恐で最強”な平手打ちしたのは、俺の教育係りである鞠塚先輩。

俺がどうして先輩の平手打ちを喰らう羽目になったのか。
――ことの発端は昨日の飲み会だった――