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「!?!?あああああぁっ!!」

心臓が一瞬どくん、と大きく脈打って全身に緊張を伝えているのを、いつもよりも多量の血液を無理にポンプが押し出す時の微かな痛みで感じ取った。

口端から垂れる唾液がだらしなく顎を伝い、
他人のベッドのシーツに堂々と染みを作ってすやすやと寝息を立てている千賀の胸ぐらを、事を考え、思う前に鷲掴んでいた――



「…お、お兄ちゃん?大丈夫?今もの凄い音が―」

「……俺もさっぱりだ、こいつはリビングのソファーに放っておいたはずだ…なぜ俺のベッドに…」

こんこん、耳を澄まさないとわからないような控え目なノック音の後、「お兄ちゃん…?」と心配そうに呟いた由夏がちらりと扉の隙間から顔を覗かせた。

春の視線を辿るようにして彼の目線の先にあるボロ雑巾――否、すっかり力が抜けてだらりと床に転がる千賀を自らの視界の中に納めた由夏は、後から後から壊れた水道のように、血が鼻から湧くように出ている千賀を見て、目をまるくして青ざめていた。

「そ、それより…お兄ちゃんティッシュティッシュ!!その人鼻血出てるよ!!」

「あ?ああ…」


自分の腕が思い切り後方に引かれて千賀の頬に狙いを定めていることなど、頭の片隅にもなくて、
自分が落ち着きを取り戻したのは千賀の頬に“トドメ”とも言える程の威力を持った一撃を喰らわせて、彼がお洒落としてかけている透かしの黒ぶち眼鏡がどこかにぶっ飛び、だらだらと真っ赤な血がまるでトナカイの鼻の様に千賀の鼻の頂上を染め上げた頃だった。

「せ…せんぱぃ…!!!
何で俺の部屋に先輩がいるんですか?――!!!って言うか何で俺血まみれなの!?」

「ここはお前の部屋じゃない、俺の部屋だ――…さてはお前、寝ぼけて自分の家にいると勘違いしてただろ?」

「……へ?」

由夏が綺麗に丸めたティッシュを鼻の中に詰め込まれて、春に頬を叩かれた痛みと自分の顔を他人に弄られている感触から目を覚ました千賀の言動によって、彼が寝ぼけて勘違いしていることが判明したのはその時であった。