short | ナノ
君が好き
「あ…」
はらはら と
目から落ちて行く雫。
「え……?」
キッチンに立ってダージリンをいれていた俄雨は、突然のことにたたらを踏む。
がん と背後の食器棚にぶつかり、ずるずるとしゃがみ込んでしまった。
「…――――俄雨?」
物音に気づいてリビングから駆けてくる雷光。
ぺたりと座り込んでしまっている俄雨を見て、目を見開いた。
「俄雨っ?」
「な、に、…?…へ…?」
意味もわからず目を拭うのに、止まってくれないまま袖を濡らし続ける。
ごしごしと擦っていたら、不意に手首を掴まれ大きな手で頬を撫でられた。
「ふ、ぁ」
「あんまり擦るんじゃないよ、赤くなってしまう」
優しく優しく、柔らかく涙の跡を指でなぞる。
顔を寄せ安心させるように笑った雷光は、何故泣いているかは聞いてこなかった。
「いいんだよ。泣きなさいな」
ただそう囁いて、同じくキッチンの床に座り俄雨の腰を抱き寄せる。
胸に抱いて とんとん と細い背中を叩いてあげれば、しがみついてくる手の力が増して。
「大丈夫、傍にいる
独りになど、しないよ」
とんとん とんとん
「ね、安心おしよ」
とんとん とんとん
「私がお前を好きなのだから
私が、お前を望んでいるんだよ」
とん とん
ゆっくりと腕の中を見ると、意識を落とした穏やかな泣き顔がそこにはあって
「おやすみ、俄雨」
溢れる想いを込めて、額に口づけた。
理由なんてないのはよく分かっている。
根拠も理屈も、なんにも分からなくて
ただ決壊したように、内から零れる、それ。
止める術は明確には無く。
だけれど、彼の涙は
彼の涙だけは、自分が止めると決めていたから。
理屈も根拠も理由もいらない
ただ、そうただ。
‐君が好き‐
(その想いだけを乗せて)