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花咲く暖気を抱きしめて




学校が午前中で終わるのだと嬉しそうにしていた俄雨。

季節の変わり目なのかまだ肌寒いが、天気は良く日は照っている。見送りに出たとき、俄雨の華奢な身体からぽかぽかと陽気が漂っていたのを思い出して。
ふと



「散歩がてら、迎えに行こうか」



柔らかい気持ちのまま、開け放った窓から覗く陽射しに笑いかけた。
















何となく着けてきてしまった紺のマフラー。長めで毛糸素材のそれは俄雨愛用のもので。

椅子に引っ掛けてあったのを拝借してきてしまったのだ。



「ちょうどいいか…」



ふわ と顔を擦り付けてみると



「…、……」



なんだか胸の奥の方が寂しくなってきて、慌てて離す。



「………がう」



呟いて、空を見上げる。
どこまでも真っさらな色に愛しい人を重ねて、眦に涙が滲んだことに苦笑する。


もうすぐ学校の前だというのに。



「…情けない」



自ら迎えに出て寂しさに襲われるなんて。



「……はぁ」



溜め息をつき、脇道のガードレールに軽く腰を下ろす。




「ただ見上げるだけであの子を思い出すとは…世界は、なんて美しいのだろうね」



住む世界の違う純真な心が、彼自身の意思で今も傍にある。
それだけで、掃いて棄てるだけの価値しか成さない世界は輝く。



「…どうしようか、」



ああまったく





「これじゃあ迎えに行けないな」




頬に零れる涙を拭うこともせず、目を閉じる。


何かが悲鳴をあげるように溢れた言葉は、やはり






「…………俄雨、」












「…雷光さん?」




「!」




思わぬ返事に顔をあげる。


そこには



「やっぱり!何なさってるんですか!?」



こんな所でっ と駆けて来る俄雨の驚いたような表情に、なんだか堪らなくなって。




「俄雨…」



「へっ…」




立ち上がり、伸ばした腕に絡め取られて固まる身体。
胸に抱き込んで込み上げる安堵に吐息を漏らした。



「ら、らら雷っ光さん!!!?」



赤くなったり熱くなったり叫んだり忙しい腕の中の子供に、何となく笑顔を向ける。

何を察したのかは知らないが、とりあえず口を閉じて大人しくなったことにまた愛しさが募る。







いつまでそうしていただろうか






「…俄雨?」



「は、はいっ」



「…帰るかい?」



「…えと…、雷光さんが、お帰りになるなら…」



「ふふ、そう」



目尻の涙は見なかったことにしてくれているらしい。それでも気になるのだろうか、猫のような目がきょろきょろと落ち着かない。

その様子に くす と笑いを零して、細い温かな手を握り込む。



「では帰ろう。待っていたんだ」



「まっ……へ…?寒くなかったですか!?」



「大丈夫だよ。マフラーを借りたからね」



これ と端を指で摘んで見せれば、また赤くなる。



「……、」



ちょっと芽生えた悪戯心のままに唇を寄せる。



「なっ!雷光さんっ!!」



ふかり と柔らかい感触と共に控えめなリップオンを鳴らしてマフラーから唇を離す。

持ち主を見れば、私の手をきゅうっと握ったままあわあわと真っ赤になって、



ぽつり と





「…それ、もう使えませんっ…」



「え」



呟かれた言葉に、思わず訝しげに返す。



「だってっ…」



「だって?」









「着けたらっ、雷光さんの、き、ききききすがっ、思いだし、てっ、」



慌て過ぎて言葉が変になっている。



けれどまぁそんな所も可愛らしいわけで





「ほう…じゃあ帰ったらもっとしてあげようか」



にこり と笑顔を浮かべ、ぴき と固まったいつまでも初な俄雨を見やり





「今日はいい日だね」





取り留めもなく放った言葉は、頭上の青と手の先にいる日なたに溶けた。









-花咲く暖気を抱きしめて-
(君はまるで私の太陽)








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