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星を喰らう





寒い日には空が高くなる。
叩けばカツン と硬質な音を響かせるのではないかと錯覚するほど張り詰めた冷涼過ぎる空気。


伸ばした手の先には無数の光が散っていた。



「綺麗だね」



一人呟く。返事をしてくれる少年は今資料を提出に行っていてまだ帰っては来ない。


意味も無く暗い空を撫でる手は既に体温を失って、それでも何故か降ろす気にはならないのだけど。



「もう春も近いと言うのに」



いつまで居座るつもりなんだい。

白く染まる空気に嫌気はささないけれど、あの華奢な手の平がいつまでたっても寒そうなのには閉口してしまう。
家事を任せてしまっているから、洗いものをしている時などにも弱い皮膚はあっさりと冷たい水に赤を滲ませる。



「やめておくれよ」



咄嗟に口に含む仕草も
消毒に漏れる涙も
絆創膏を貼る時に赤く染まる頬も



「まったくもって目の毒だ」



可愛すぎる。
愛おしくて、愛らしくて。

なのに、幼い艶が一気に香り立ってしまうあの表情。



「はぁ…」



なんかもう駄目かもしれないね、私は。なんて自棄的なことを考えていると、不意に服の裾が引かれて



「雷光さんっ」


「あぁ俄雨」



終わったの と聞けば、はい と鼻を赤くして笑って答える彼がやっぱり可愛い。

何となく巻いてあるマフラーに手を触れると、内にある華奢な首に――――――紅い花が見えて。



「…俄雨?」


「はい?」


「お前…首領の前でマフラーを取ったかい?」


「へ?え、っと、はい。取りましたけど…」



それがどうかしたんですか?と傾ぐ様子に、知れずため息をつく。



「じゃあ見られてしまったのだね……何か、言われたりしなかったかい?」


「何か、ですか」



んー としばらく唸って



「ああ!」



ぽん と手を叩いて私の顔を見つめ




「首領が"独占欲の塊のようだね"って呟いてましたけど…」



「っ、………そう」





ばれてる。完全に。
しかも否定できない。
独占欲にまみれてなければ目立つ場所にキスマークなんか付けたりしない。



「言われた意味は、よく…わかりかねますが、何かあったんですか?」



「いいや?特に取り立てて問題なことでも無いからね…」




問題だとしても確実に自分自身の問題だ。



「はぁ……心労が絶えないね…」



まぁ私の場合自業自得なのだが。




「…………わぁ…っ!」




突如俄雨が声をあげた。
目線は自分を過ぎて更に上へ伸び、辿り着いたのは先程撫でた夜空。




「すごいっ…綺麗ですね」



散り散りに光り輝く星。
薄い雲に侵されること無く放たれる輝きに、俄雨は感嘆の息を漏らした。



「…そうだね」




返事を返すも、見開かれた夜空色の瞳には今だ星が映されていて





「……っ」






瞬間的に、体が動いていた。






「ひゃあ…っ!?」





細い腰を引き寄せて、瞬く瞳に がぱり と口を開けたまま口づける。




「ぅ、ふぇ…?……ら、いこ、さ、」




染まる頬は赤く赤く。
呂律の回らない言葉はどこまでも私に甘い。



口を離し、それでも眼前に陣取ったまま、鮮やかに鮮やかに笑う。






「…首領のおっしゃったことは正しいよ」




「へ?」





幼い動作で傾げられる首。マフラーを避けその首に触れる。





「星と私どちらが綺麗、なんて女々しいことは聞かないよ」




返事は10割方解りきっているし。


そのかわり







「無垢な星と、貪欲な私




どちらが好き?」





困らせるのを承知で聞く。





困らせる、つもりだった。











「雷光さんに決まっているじゃないですかっ…///」








思いのほかあっさりと断言された。



ふい と逸らされた視線に、自分だけが映り込んでいて





「……そう」





浮かべたのは、おそらく星よりもずっとずっと美しいだろうと思わせる笑み。






それを目の当たりにして一人赤面する俄雨。


首領の言葉がわかるようになるまで、そう時間はかかるまい。




「まったく、私も情けないね」




星に嫉妬だなんて。






「さぁ、帰ろうか」




「は、はぃっ」




上擦る声に愛おしさを感じながら、その華奢な手を握りむ。








一度だけ、空に笑顔を投げかけて。









‐星を喰らう-
(私だけを映しておくれ)








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