小説 | ナノ
※学生時代捏造

水泳の授業があったあとの六限は地獄だ。水泳の授業自体は好きだけど、何と言ってもとても眠くなる。授業が現国だから尚更。あんなに眠気を誘う授業は他にないんじゃないかと個人的には思っている。未だ乾いていない髪にちょっと気持ち悪いなーと思いながらロッカーから現国の教科書とノートを持ってきて私は席に着いた。机の中から筆箱を取り出してふぅっと息をつくと「お疲れだねえ」と隣席の彼に声を掛けられる。

「プールのあとだし、次が六限だから。まあ疲れるよね」
「まーねー。俺絶対寝るし」

頬杖をついたまま隣席のおそ松君はにひ、と歯を見せて笑った。隣席のおそ松君とは春にこのクラスになって一番最初に行われた席替えからの仲である。元々彼は人懐こい性格なのだろう。確か一番最初の会話は彼の「前々から思ってたけどさあ、あの先生ヅラだよな?」という言葉から始まった。彼は笑顔の似合う男の子だった。そんな彼が笑顔を引っ込めてふいに真剣な眼差しをこちらに向けてきた。ああ、これはもしかして。

「そういえばさ、俺お前に言いたいことがあんだよね」

ほら、やっぱり今日も来た。彼の言葉を聞いて私はそう思う。それは彼と私の間で行われるルーチンワークのようなものだった。一日に一回だけ彼は私に耳打ちをする。こっそりと他の人には聞こえないように、大切なことを言うみたいに、内緒話をするみたいに、私に耳打ちをするのだ。

一見すると秘密めいたやり取りではあるけど、聞かされる話の内容は実に下らないものばかりだったりする。自分の弟達の話、今日の朝出た朝ごはんの話、うっかり上履きのまま家に帰ってしまったときの話、などなど。それって耳打ちする必要あるの?と前に一回聞いたことがあるけど「意味はないけど、まぁ別にいいじゃん」と返された。あんまりにもあっけらかんと言われてしまったからそのときは「そ、そっかー」としか返せなかったけど、もうちょっとちゃんとした感想を言えば良かったかなと今更ながらに思っていたりする。後の祭りで何を言っても仕方のないことなのだけれども。それに、彼の下らない話を聞くたびに呆れはするけど、意味のない彼の話を聞くのは結構好きだった。何故か理由は分からないけど、別に嫌ではなかったのだ。

手まねきに誘われて体を彼の方へと寄せた。机と机の間、人が一人通れるくらいの通路を塞いで彼の言葉を待つ。彼は両手でメガホンを作って、それを私の耳の近くへと持っていった。彼が近づいた際、ツンとした塩素のにおいが漂ってきた。あ、プールの匂いだ。こっそり思うけど口にはしない。プール上がりで眠い午後に彼は一体何を話してくれるのだろう。神経を彼の方に向けると休み時間特有のがやがやとしたBGMが少しだけ遠退いたような、そんな気がした。
そして彼は私の鼓膜を震わせた。

「今、俺ノーパンなんだよね」

……知らんがな。

「あのさ、これめっちゃスースーすんだぜ」

いや、だから知らんがな。
真剣な表情だったからきっと嘘ではないのだろう。彼は「ほら今日プールじゃん?だから朝からはいてきたんだけどパンツ家に忘れてきちゃってさ〜」とノーパンに至った理由を話し出す。ぶっちゃけここ最近話された話の中でもダントツでどうでもいい。ていうかこれってセクハラじゃないか?セクシャルハラスメントってやつじゃ?彼のズボンへと視線を向けないよう細心の注意を払って「めちゃくちゃどうでもいいよ…ていうか話題のチョイスおかしくない?セクハラだよ」と言うと彼は照れ臭そうに鼻の下をこすった。照れる場面じゃないよ、おそ松君。

「ほら、前にスカートも風が吹いてなきゃ暑いって言ってただろ?」
「うん?そうだね、前に言ったかも…?」
「だからノーパンの涼しさを教えてやろうかなって。風が吹かなくてもスースーするぜ〜、きっと」
「いや私はやらないからね?ヤバイでしょどう考えても。それやったら私痴女だよ」
「なんか痴女って響きからしてもうエロい感じすんね」
「もう黙った方がいいよ、おそ松君。おそ松君の株が絶賛下落中だよ」

詮無いことを話していたら十分弱あった休み時間もあっという間だ。教室の前の扉から出席簿と指し棒、それから教科書と便覧の四点セットを抱えた先生が入ってきた。今まで席を立っていた人は席に着き始め、今までお喋りをしていた人たちは口にチャックをしだす。私も彼との会話を切り上げて、体を定位置に戻そうとした。しかし体を定位置に戻そうとした丁度その時、おそ松君に肩をポンと叩かれて私は中途半端に固まる。

何?と視線で疑問を投げかけると彼はまた手まねきをした。二回目の手まねきは今までに無かったから少しだけ驚いた。体を再度寄せると彼も体を寄せてくれた。また何か下らない話をするのだろうか。彼の手で作られたメガホンが耳に触れる。彼の声はさっきよりも近くて、そしてそれは先程よりもより秘密ごとを囁くような声だった。

「実は俺、くっだんねー話を毎回聞いてくれるお前のこと結構好きだよ」

授業を始めるぞーという現国の先生の声がどこか遠くに聞こえる。はくはくと口を開閉させていたら「鯉みたいになってるよ」と言われてしまった。一体誰のせいだと思っているんだ!例の笑顔に耐え切れず目をそらす。彼に寄せていた体を定位置に戻して、私は心を落ち着かせながら教科書を開いた。眠気はどこか遠くへ行ってしまった。授業中寝ずに済むのは大変喜ばしいことだけど、授業の内容が頭に入ってくる気がしない。ああ私は一体全体どうすればいいの。笑いをこらえるような「顔真っ赤だよ」なんて声は私には聞こえないし、知らない。顔の熱さは多分きっとこの教室の暑さのせいなのだ。絶対、そうに決まっている。今すぐにでも逃げ出して叫びたい気持ちをグッと抑え込む。はやくはやく授業よ終わってくれ。

(20160703)
完璧な不意打ち
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -