小説 | ナノ
もしもハリウッドスターが映画の中でやるみたいに走行中の車のなかから飛び出しても受け身が取れて、なお且つスタコラサッサと逃げられるくらいの身体能力を備えていたなら私は今すぐにこの場から逃げている。速度表示の速度をきっちりと守ったこの車は一般的に想像されうるような白と黒の色をしていなかった。いわゆる覆面パトカーというものなのだろう。スピード違反でこういった車が違反車を取り締まっているところを何度か見たことがある。おそらく税金で買ったのであろう車のシートはふかふかで座り心地は抜群だった。納めた血税がこんな形で返ってくるなんて。こんな形ならいっそのこと返ってこなくて良かったのに……

「どしたのナマエちゃん。トイレ?パーキング寄る?」
「おいおいおそ松君、それはセクハラになるんじゃないか」
「チョロ松警部の言う通りだ。それにミョウジさんとまだ手錠で繋がってるんだから…」
「あっ。そっか!忘れてた。これじゃトイレに行きたくても行けないよね〜」
「全くおそ松君は和むな〜」
「ですね」

この空間は狂ってる。いや、もしかしたら逆に私が狂っているのかもしれない。どちらにせよこの密室空間で私という存在はこの場にそぐう存在ではなかった。すぐ隣の彼が照れ隠しに頭を掻こうとして私の右手が持ち上がった。ジャラリと音が鳴る。未だ細いけど頑丈な鎖が私たちを繋いでいる。隣の彼はまた更に照れ臭そうに笑った。
最初は良かったのだ。人質に取られ命に関わる状況下において、この和み空間はたいへん心の支えになった。しかしそれはあの場だったから良かったのであって精神的に疲労はしていても不安定ではない今やられても別に…といった具合なのだ。

廃ビルの中でおそ松さんにじりじりと迫られている丁度その時にチョロ松警部とトド松警部補、その他の警官の救出が入ってきて、私たちは無事救助された。問題はその後だ。あの時確かに皆一様に和んでいた。私もうっかり場に流されて和んでしまうところだったけど、あれは和む場面ではなかった。背後(といっても被害の及ばない程度の距離のところに私たちは既に避難していたが)でビルが爆発・倒壊したあの場面で、一歩間違えば自分が木っ端微塵になっていたのかもしれない、あの場面で「たーーまやーーー」と言えるなごみ探偵の神経はミステリーを通り越して最早ホラーだった。チョロ松警部もトド松警部補も「おそ松君!花火じゃないんだから」とか「呑気なもんですね」とか嗜めるように言っていたけどあれは確実に和んでいる表情だった。いや和む場面じゃないですから…とは言えない空気だった。和まなければならないという同調圧力を確かに私はあの時感じたのだ。

「…あんま見つめんなって照れちゃうだろ。あっ、何ナマエちゃん。もしかして俺に惚れた?一緒に手錠で色んなことする気になった?」
「いえ…見つめてないです多分気のせいですよ」
「ナマエちゃんのイケズ!」

ツンツンつついてくるおそ松さんの指を握ってぐっと力を込める。

「アー待って人差し指があらぬ方向に!!!」
「十三回目ですよ。お触り禁止です」
「え〜数えててくれたの。嬉しい」
「嬉しがらないで下さい…嬉しがるポイントじゃないです…」

なおも狭い車内のなかでグイグイしてくるおそ松さんを押し退けていると「見たところ君は和んでいないようだね」という声が投げかけられた。ミラー越しに助手席のチョロ松警部と目が合う。少数派はパージされるのが世の常だ。ひやりとしながら「えっと、その疲れちゃってて」としどろもどろに言うけど彼ははぐらかされてくれない。

「おそ松君が和ませることの出来なかった人はいないんだ。今隣で運転をしているこのトド松も最初は和まなかった人間だったけど今ではすっかり彼…おそ松君に和まされている」
「はあ」
「君は特異な人間なんだよ」
「そ、そんな大それた者じゃないです」
「いいや、実際君は未だおそ松君に和まされていない。これがどんなにすごいことか…」

わ、わけわからん…

「もし仮に私が特異な人間だとして、それが何だって言うんです」
「こちらとしては君を要観察対象としたいところだ」
「はい?」
「これから先、君のような中々和まないタイプの人間が君以外にも出てくるかもしれない。そんな時のためにも君とおそ松君の経過を見たい。と、いうことでこれから数日間おそ松君と一緒に行動してくれないか」
「意味わかんな…ってか、えっ、数日もですか!?」
「それ相応の謝礼は出そう。君には未来がかかっているんだ。わかるね?」

わ、わかんねーよ…。とんとんと話は進んでいく。拒否権は無いに等しい。しがない民間人は国家権力に弱いのだ。「えへへ、これからしばらくよろしくね」とおそ松さんの手が置かれた肩はかなり重く感じた。人生ってホント、何が起こるか分からない。

(20160511)
名無しさんリクエスト/密室
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -