小説 | ナノ
わたしが彼を彼個人として認識したのは学生時代、彼が彼“らしく”なるかならないかの境目の時期だったと思う。ゆるりと行われる変化というものは察知しづらいものだ。男の子の声が自然と子ども特有の高めの声から男性を思わせる低い声に変わっていくように、個性が花開いていく様子はあまりにも自然で何の違和感も無かった。気付けば彼は彼自身のアイデンティティを獲得していた。松野カラ松のアイデンティティは彼が理想としているものを演じることによって成り立っていた。

「……フリーハグ?」
「そう、フリーハグだカラ松ガール」

久方ぶりに再会した彼を顔から靴まで眺めて、それから存在を主張しまくっているFree Hugsと書かれた雑踏の中で一際目立っていた看板を眺めた。高校生の頃からちっとも変わっていない。そのサングラスの向こうの瞳は自信に満ち溢れている。

「カラ松、何してるの」
「人々に温もりを与えているんだ」
「ぬくもり…」
「その様子だと、どうやらお前も運命に導かれたらしいな…かつて同じ青春の舞台で共演した俺たちの再会を祝って温もりを分かち合おう!」
「高校時代からブレないね…うーんじゃあ、お言葉に甘えようかな」
「えっ」

ぎゅっと彼を抱きしめると抱きしめたその体はびくりと強張った。次いでおずおずと背中に大きな手が回されて、わたしは少し笑ってしまった。

「今日の戦果は何人?」
「ゼロだな…」
「ははあ、なるほどね」

ゆるゆると身体を離す。彼はズレたサングラスを直しながら「変わったな」と感慨深げにそんなことを言った。そして高校時代を思い出す。確かにわたしはあの頃と変わったのかもしれない。今よりずっと窮屈で、今よりずっと自分と、それから他人との付き合い方が分からなくて、溶け込むために思ってないようなことを言ったりして。

「カラ松風に言えば、わたしは青春の舞台とやらで演じていたのかもしれないなぁ」
「フッ、俺は今のお前の方がいいと思うぜ」
「そう?ありがとね」
「ああ。どういたしましてだハニー。嘘が本当になることだって、あるからな。お前は嘘を本当にしなかったんだな」

口元に笑みを浮かべて彼は言う。彼はもうずっと演じ続けている。彼とわたしの根本的なスタンスは違っていた。理想を真っ直ぐ追いかける彼と理想に息苦しさを感じていたわたし。理想を追い求めてやまない、演じる彼と理想を捨てて演じることをやめ、清々したわたし。

「フリーハグってどれ位の頻度でやってるの?」「週に数回…また来るのか?」
「まぁ気が向いたら」
「!!、そうか待ってる」

どちらが良いのかだなんて、そんなのその人によるとしか言えない。彼にとってはどっちが良いのだろうか。それを嘘だと表現した彼の顔を頭の中に思い浮かべる。何が本当で何が嘘なんだろう。わたしが確かに本当だと言えることは、彼の体温が子どものような温さだったということだけだった。

(20160412)
赤さんリクエスト/高校時代 演じ続ける 演じることをやめる
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