小説 | ナノ
人様のお家のトイレで私は一体何をしているのだろう…と考えざるをえない。トイレという場所は基本的に一人で入ることを想定して作られている。大抵、人が一人入って丁度良いくらいの広さなのだ。だから二人がそこに入れば狭い思いをすることは自明の理である。自然な流れである。狭い。狭いぞ。息が詰まる!トイレの個室の中で、蓋をした便座の上に座る私。そして正面、ジャージズボンのポケットに手を突っ込んでじぃっと私を見る一松くん。一体どういうことなのか誰か私に分かりやすく説明してほしい。

「あの、何で私はここにいるんでしょう」
「何か…流れで?」
「流れで鍵閉めたの…」
「まぁ聞かれたくない話がしたかったから」

いまいち感情の読めない顔で彼はそんなことを言う。さっきまで絞められていた首が地味に痛む。「単刀直入に言うけど、」はいはい。

「あいつと仲良さすぎじゃない」

そこまで抑揚のついた音ではなかった。ローテンションな声音はいつもと変わらないけど何となく多分視線はいつもよりじっとりとしているような気がした。あいつ、というのはさっきまで一緒にお茶を飲んでいたカラ松のことだろう。髑髏を背負ったジャケットを羽織り、妙に挑戦的で時代が一生追いつかなそうなタンクトップを下に着ていた彼を思い出す。うーん今更そんなことを言われましても。確かに仲の良いほうだとは思う。学生時代もよく話をしたし痛いし痛いし痛いけどなんだかんだ言って良い奴で、何より彼とは馬が合う。

「まぁ仲は良いかもね」
「かもじゃない。実際良いでしょ」
「そうだね」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…あのもしかして一松くん、嫉」

嫉妬っすか?と聞こうとしたら思いっきり頭突きされた。

「いったぁ!!何すんの!?」
「頭突き」
「そら分かってるよ。何で思いっきり頭突きしたのか聞いてんの!」
「流れで」
「どんな流れ!?どう考えても一松くんのそれは逆流してるよ!」

生理的に出てきた涙を袖口で拭って一松くんを見る。彼はやっぱり何を考えているのか分からない表情をしていた。猫と一緒にいるときは比較的分かりやすい感じだけど、一松くんって普段は何を考えてるのか分からない感じだよなぁ。風の強かったあの夜はかなり分かりやすかったけど通常運転だと彼の表情から感情を読み取るのは困難だ。

「痛かった?」
「そりゃ涙が出てくるほどに」
「ヒヒ、ごめんねぇ」
「笑い方邪悪すぎるよ…ねぇ、うっすら思ってたんだけど…」
「なに」
「君さ、今まで猫被ってた?」

一卵性の六つ子であるらしいから私の友人と目の前の彼の顔はかなりそっくりな造形をしている。けれど二人が見せる表情は全くの別物だった。目の前の彼は確かに松野一松という人間だった。にんまりとした笑みは彼の犬歯を覗かせる。

「今までは嫌われるのが嫌だったから、あんまりグイグイいかないようにしてた」
「ほう」
「けど今の俺達は一緒の鍵を持ってるしキスだってしたし一緒に寝た仲だからさ、」
「あー、うん、そうだね何ていうか微妙に語弊があるけど…」
「遠慮なんかしなくてもいいんだなって意識が変わっただけ」

着ていたシャツの襟元が掴まれる。伸びる素材ではなかったから私は強制的に腰を浮かすことになった。一松くんが少し屈んで顔を近付けてきたので私はギュッと目を閉じる。あ、なんか服のボタンが取れた。そういえば首元の第二ボタンが取れそうだったんだ。縫うの忘れてたなーとか思いながら羞恥心に耐える。短い口づけが終わって目を開けると超至近距離で視線が合った。おっ、また犬歯が見えた。今の彼は相当に機嫌が良いみたいだ。心底楽しそうに笑っている。

彼の一挙一動に目が離せない。落っこちたボタンが気になって仕方がないのに、彼が私の行動を制限する。掴んだ襟元をまた引っ張って彼は再び距離を縮めた。第二波か?と思い身構えたけど、彼はそんな私をせせら笑うように私の首元のへとその口を持っていき、そして私の首筋を噛んだ。ちょっと待って何で噛むの?「ひっ」という情けない声が出てしまう。ドラキュラ伯爵の幽霊がのりうつったの?一松くんシャーマンかな?それともイタコ?さすがに勘弁してほしい。生ぬるい吐息だとか、ぬるりとした感触に背中がぞわぞわする。ていうか、それ以上に

「普通に痛い!やめっ、いたたた」
「……色気なさすぎ。萎えるわ〜」

萎えるといいつつその顔は愉悦を全面に押し出している。無言で睨めつけると彼は口の端を楽しそうに持ち上げて「一抹の不安を覚えました?でも残念、今更遅いよ」と言ってジャージのポケットから鍵を取り出した。見覚えのありすぎる鍵だった。猫のストラップが可哀想に…とこちらを見ているような、そんな気がした。ああ私はどうやら厄介な御仁に愛の告白をしてしまったようだ。

(20160123)
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