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「緋狭姉、ただいま……って、あれ、まだ帰ってないのかな?」

そんな時、私の携帯が鳴り響いて。

着信は緋狭様からだった。


「ちょっと手の込んだ案件に捕まってしまってな、悪いが今日の分は他の日に振り替えてもらえぬだろうか」


緋狭様は神崎家に戻れないらしい。

私は今日の修行の休みを了承して電話を切った。


「ああ、折角桜ちゃんに来て貰ったのに、中止か…」

「お忙しい緋狭様に無理を申して稽古をつけて頂いているのですから、それは仕方が無いことです」

「しかし何で働く気になったんだろうね、緋狭姉は。櫂達は知っているみたいなんだけど、あたしにはどんな会社かとか一切教えてくれないんだよ? 桜ちゃん、知ってる?」


まだ――判っていないのか、彼女は。

いい加減、もう気付いてもいいと思うけれども。


そんな微妙な顔を誤解したのか、

「そうだよね、桜ちゃんだって判らないよね」

彼女は勝手に自己完結してしまった。

五皇に定年があるのか判らないけれど、仮にその制度があったとしても、芹霞さんは…その時になっても緋狭様の職業を判っていないかも知れない。

緋狭様が隠し続ける限り、私達の口からは言えない。

「……あ、櫂から電話だ。もしもし? え、もう終わったの? お疲れ様。今? 桜ちゃんと家に居る。緋狭姉ドタキャンしちゃって…来るの? あ判った、言っておくね、本当!!? あたしはプレミアムショートケーキ!!!」 

電話を切ってから、芹霞さんは私を見た。

「あと30分くらいしたらウチに着くから、桜ちゃん帰るの待っててって。予定より、随分早いよね」

多分…芹霞さんに会いたかったんだろう。

本当に…判りやすいほど判るのに、どうして芹霞さんは判らないのだろう。

「でね、帰りに駅の『フルール』からケーキ買ってきてくれるんだって!!! 桜ちゃんは抹茶ババロアで良かったよね?」

私はこくんと頷いた。

「紅茶でも用意するかな〜♪」

今にも踊り出しそうな芹霞さんに、私はくすりと笑ってしまう。


可愛いと思う、純粋に。

私とは違って、喜怒哀楽がはっきりしている彼女。

下手な腹の探り合いをしなくてもいいから、彼女といるのは凄く楽で。

その和やかな空気に包まれたいと思ってしまう。


それは…叶わぬことなれど、ずっと共にいてくれたら…そう願ってしまう私は浅ましい。


彼女は、近い未来…誰かのものになるだろう。

彼女の心は、美貌の男達に…各々揺れ始めている。


それが意識的ではないにしても、ただの"幼馴染"とはみなしていない。

あくまで"男"。


その男達が、芹霞さんを手に入れようと動くのであれば、私にはもうどうすることも出来ない。

私はずっとこのスタイルのままで。

密やかに彼女を想い続けることになるだろう。


私から、この想いが消えぬ限りは――。


「桜ちゃんは冷たいの、温かいの?」

キッチンから芹霞さんの声。

「私は温かいので…」

そう言いながら、居間から立ち上がる。

「私もお手伝いします」

何をお客さんをしているのだ、私は。

これならただ口を開けて待っている、馬鹿蜜柑と変わりがない。



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