開け放された窓から、ぽかぽかした春の陽気と暖かな日差しが教室に射し込んでいる。

午後特有のけだるさに加えて、落ち着いたトーンで流れる古典教師・鬼の教頭こと土方歳三のバリトンが微睡みを誘う。
うつらうつらと舟を漕ぐ生徒が一人、二人と増えていた。

薄桜学園初の女子生徒、雪村千鶴もまた例外ではなく、彼女自身は頑張って起きようとしているのだが意思とは裏腹にまぶたがゆっくり落ちてくる。

(だめだめ……土方先生の授業なんだからちゃんと聞かないと…)

ちなみにこれだけ脱落者が増える理由は土方の授業がわかりにくいとか、そんな理由ではない。
何でもそつなくこなす男――生徒たちの言葉を借りるなら「手抜きという言葉を知らない以外は非の打ち所のないイケメン」、土方歳三の授業は要点を押さえていて大変わかりやすいと評判である。
ただ、非の打ち所のない男は声も文句無しに良いためにそれが昼食後のけだるさの中では睡眠薬のようなものに変わるのだ。

(昨日、授業の復習してて夜遅くなっちゃったもんなぁ…)

ぺちぺちと自分の頬を叩き眠気を追いやるが、あまり効果はなさそうだ。少しでも眠気を紛らわそうと千鶴は窓の外を見た。
廊下側から名簿順に座っているため必然的に千鶴の席は校庭に面した窓際で、左下に目を向ければすぐに体育の授業をしている生徒たちが見える。
校庭ではちょうど二年がサッカー中らしく千鶴のクラス担任で保健体育担当の原田や幼なじみの平助、千鶴がマネージャーになった剣道部の先輩・沖田の姿があった。
すると、平助が視線に気づいたように千鶴の教室を見上げる。

「お!?…おーい千鶴ー!!」

「!!ちょ、へ、平助くん…!」

「ちーづるー!今俺のシュート見てたかー!?」

千鶴に気づいた平助が大声で彼女の名前を呼び、満面の笑みで手を振る。
千鶴が真っ赤になって慌てていると、沖田までもが手を振ってくる。二人の近くに居た斎藤もじっとこちらを見ている。

と、その平助の顔がこわばった。
『やばい』、そう顔に大きく書いてあるようだ。

「平助てめえ今は授業中だ静かにしやがれ!!!!」

一瞬の後、土方の怒声が響き渡った。
その剣幕にそれまで舟を漕いでいた生徒たちが一斉に目を開け、中にはシャープペンシルなどを取り落とす者もいた。

「総司!!てめえも一緒になって手なんか振ってんじゃねえ今度俺の授業を邪魔しやがったらただじゃおかねえぞ!!」

二年男子二人を怒鳴りつけた後、土方は不機嫌そのものの表情のまま千鶴を見る。

「……雪村」

「は、はいっ!」

「俺の授業はそんなにつまらねえか」

教室が静まり返る。
土方が眉間に皺を寄せたまま見つめているのは千鶴だけなのだが、クラス全員が自分が見られているような感覚を覚えていた。

「いえ…!土方先生の授業はとてもわかりやすくて、聞いていて飽きない……です」

「……ほう。じゃあ何でお前ら居眠りこいてんだ?」

今この状態から千鶴を助けることが出来る人物がいるとすれば、それはおそらく相当な命知らずか――あるいは、沖田総司くらいのものだろう。
ただでさえ貴重な女子生徒の上に健気でかわいらしい千鶴に憧れる男子生徒は数多いが、今この場に土方に正面から立ち向かえる気概の持ち主は残念ながら居なかった。

「……すみません、あの……えと、」

怒りを湛えた冷徹な瞳はいまだそらされることなく千鶴を見つめている。
うつむいて頬を染め、何かもごもごと口の中で呟いたあと千鶴は意を決したように土方を見つめ返した。




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