深山に咲く 


※沖田ルート前提
※続きものです







(声が聞こえる……いや、これは…歌?だな…誰か、歌っている)

ふと気がつくと、山崎のすぐ近くで誰かが小さな声で歌っていた。
微睡から覚める時のように薄く靄のかかった頭をどうにか動かし山崎はその声を誰何する。

「……雪、村…くん……か…?」

男というには少し高めの、透き通るような声を持った仲間。
娘から女へと変わろうとする時期に入ったその面差しを思い浮かべた。

「あ、目が覚めた?よかった」

「……君は…?」

だが、ようやくはっきりとしてきた視界が捉えたのは山崎の予想に反するものだった。

(確か、自分は重傷を負い……あの二人を先に送り出したはずだ)

なのに今、山崎はどこかの民家に寝かされており顔を覗き込んでいるのは知らない女性だ。
年齢は同じくらいか、少し下だろうか。

「あたし?志麻って呼んで。あなた、森の中で血を流して倒れてたんだけどまだ息があったからここに連れてきたんだ」

「俺……は…そうだ、早く副長たちと…!」

沖田と共に向かった彼女に言伝を頼んだことを思い出し山崎は上体を起こそうと試みる。

「……っ…」

だが、体を動かすことすらままならないほどの痛みに加えて視界が一瞬暗転し、ぐらりと揺らいだ。
そんな山崎を見て志麻と名乗った女性は言う。

「まだ無理だと思うよ。あなたかなり無理して動いたでしょう?森の中に血が続いてたもの」

「しかし」

「いいから寝てなさい、どうせ今出て行ったってすぐに貧血で倒れるしあなたのその怪我じゃ戦えない」

志麻は強い語調で続きを遮り、山崎を諫める。

「すぐに仲間に追いつきたいって気持ちはわかるけどね。でも無理はだめ。あなた、自分が何日寝てたかわかってるの?三日よ三日。そんな人が外に出るなんて無謀すぎる」

「三日……!?俺はそんなに…」

告げられた日数に愕然とする山崎を見て、志麻は呟くように訊ねる。

「…ねぇ。あの黒装束、あなた新政府軍じゃないよね。……旧幕府軍…それも、新選組かな?」

「…………!」

「あ、やっぱり当たり?」

おそらくは確信に近い問いだったのだろうが、自分の反応が彼女に正解を与えてしまったことに気づいた山崎が唇を噛む。

「ちょっと、そんなに警戒しないでよ。大丈夫あたしはただの杣人の娘だから」

警戒心を露わにする山崎に向かってからりと笑った志麻は更に続ける。

「新選組、ねえ……ああ、そういえばあなたが数日前に監視してた二人。あの背の高い男の人と男装した女の子、ちゃんと合流できたみたいよ」

「……君は一体…?」

全てを見通しているような志麻の言葉は山崎の警戒を強めるだけだったが、彼女自身はまったく気に留める様子もない。

「…本当はね、怪我してるあなたを見つけたのは偶然じゃないんだ。あなたが…そうね、あの二人を見つけた時くらいかな。あたしも近くに居たの」

気づかなかったでしょう?そう言って志麻は微笑む。

「それからあなたたちのことが気になってたのよ。数日後に銃撃の音が聞こえたから、戦いになったんだと思ってあなたたちを追った」

この森に志麻が知らない場所などない。新政府軍の包囲をかわすことも、森の奥へ分け入っていく山崎たちの後を追うこともさほど難しいことではなかった。

「ある場所から血の跡が続いてたから、誰かが深手を負ったのは明白だった」

「その先に俺が居た、ということか……君は、本当に何者なんだ…?」

「だから杣人の……って言っても信じないよね。うーん…どうしようかな」

志麻は何かを考え始め、表情がにわかに戸惑いを帯びる。

「あなた、副長…土方さんって人のことずいぶん気にしてるみたいだけど、あの女の子のことはどこまで知ってるの?」

「どこまで、というと…」

「女の子だってことは知ってたんでしょう?彼女の血筋とか、そういうこと」

「…………」

「……ま、いっか。その様子だと知ってそうだし」

志麻は独り言のようにつぶやき、初めに見せたものと全く同じ笑みを浮かべてまるで今日の天気でも知らせるかのような軽さで告げた。

「あたしはね、東の鬼の生き残り」

「……鬼?」

「そう、鬼。京の千姫様や西国の風間に天霧、不知火…それにあの子――雪村本家の姫と同じ。東の宗主、雪村が滅んだ時に共に途絶えたはずの一族」

ぽかんとしている山崎を見て志麻は困ったように笑う。

「とにかく、敵じゃないってこと。あなたを新政府軍に渡したりはしないし千姫様から話は聞いてる、新選組の動向も調べておくから安心して」


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