道敷大神が手を招く 


※随想録土方ルート前提、総司が死ぬ少し前の話





――その昔、この国をお創りになった二柱の神のうち女神は死によって黄泉の国にお隠れになられたという。
妻恋しさに黄泉へ向かった男神は変わり果てた妻の姿を見て逃げ出し、黄泉への道を閉ざしてしまった。
そして女神は「そちらの国の人間を一日に千人ずつ殺してやる」と呪いをかけた。
男神は「では、私は一日に千五百の産屋を建てよう」と女神に返された。

こうして今日に至るまで、同じ日に生まれ来る命と死にゆく命があるのだという。




「……ずいぶん暗いね」

数刻の眠りから目覚めた彼は呟いた。

「ああ、もうじき日が暮れますから」

「僕、そんなに寝てたのかな」

「総司さん、今日はよく眠ってらっしゃったようですよ。……灯りをつけますから、ちょっと待っててくださいね」

そう言って火を持ってくるために部屋を出る。
ふすまを閉めた途端に涙がこぼれそうになって唇を噛み締めた。
彼はとても聡いから、私が泣いたら気づいてしまうだろう。彼が起きている間くらいは笑っていたい。

……総司さんは眠ることが多くなった。患った肺はひどくなるばかりで、ひどい咳が彼の体力を削り取っていく。
彼に冷たく突き放されても、感染してしまったらどうするのかと周りに強い言葉で止められても聞かず、彼が居なくなってしまう日はそう遠くないことを承知の上でそばに居るのに。
それでもまだ、受け止めきれない私がいる。

「総司さん、今日はお食事できそうですか…?」

行灯に火を灯し、彼にたずねる。
彼は身を起こし、薄暗くなった庭のほうを静かに見ていた。

「……ねえ志麻ちゃん」

「はい」

「近藤さんは、元気かな」

息が止まりそうになる。
けれどそれを悟られないように静かに息を吐き出して私は答えた。

「きっと…元気でいらっしゃいますよ」

……ひと月ほど前、土方さんたちが深夜に人目を忍んでやって来た。
その時に土方さんに言われたことがある。

――この先何があっても、絶対に総司に近藤さんのことを言わないでほしい。

ただそれだけだったけれど彼の言葉の意味は私にもわかった。
土方さんたちがやって来る少し前に近藤さんは流山にて投降していた。
そして土方さんたちの助命嘆願もむなしく……近藤さんは、先月の終わりに板橋刑場で斬首となった。
京を守り幕府のために尽くして、それなのに――最後は、罪人として処刑されたのだ。
近藤さんをとても慕っていた総司さんがそれを知れば、どうなるか。

「……志麻ちゃん、あのさ」

総司さんがぽつりと呟く。

「最近、よく近藤さんが夢に出てくるんだ。笑ってるんだけど、僕が何を言っても答えてくれなくて……」

そしてふと自分の手元に目を落として言葉を続ける。

「でも、今日の夢だけは違って…何だか困ったみたいに総司、もっとゆっくり来いって、静かにそう言うんだ。……志麻ちゃん?どうしたの」

気づけば、私は総司さんに縋って泣いていた。
彼が起きている間は笑っていようと決めたのに、溢れる涙は止まってくれない。

「志麻ちゃん、何で君が泣くのさ。ねえ、志麻。泣かないでよ、君が泣いたら僕まで悲しくなっちゃうじゃない。志麻ってば、聞いてるの?」

総司さんの困ったような声が降ってくる。優しく触れてくる手はひんやりとしていて、更に悲しくなった。


どうして、もっと一緒に居られないんだろう。
この優しいひとに私は何を言ってあげられるんだろう。
静かに近づいてくる別れの足音が、今はただ憎く思えた。



道敷大神が手を招く



道敷大神…黄泉大神とも。日本神話のイザナミのこと。

101009

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