※ちー様がややえろいです
深々と雪は降り積もる。
「こんなに南でも、雪が降るんですね……」
屋敷の窓から白くなった庭を見ながら志麻が呟く。
彼女の生まれ育った京は山に囲まれた土地のため夏は暑く冬は芯から凍りそうなほどに寒い。だから寒さや雪は苦ではないが、冬になっても京ほど気温が下がらないこの薩摩で雪が積もるというのがとても意外だった。
「寒い。早く閉めろ、志麻。子供でもあるまいし雪が珍しいわけではないだろう?」
「あ、すみません」
部屋の奥で火鉢の前に陣取ったのはこの屋敷の主、風間千景。
「千景さんって意外と寒がりですよね」
「我慢出来んこともないが、寒いものは寒い」
「……そういえば、京でも羽織を必ず着ていましたよね」
「あれは別に、寒かったからではない」
「そうなんですか?」
まあ、言われてみれば。
同じ八瀬の一族である君菊と同じように情報収集のため芸妓、天神となっていた志麻が島原にいた頃たまに見かけた男もまた、真夏でも襟巻きを外さない男だった。
暑いとか暑くないとかそういうことではないのだと言っていたので、それと同じだろうか。
「……志麻、何を考えている」
「え?あ、いえ。ただ…まさか、千景さんについて薩摩まで来ることになるなんてあの頃は思わなかったなあって」
客と芸妓として千景に接していた頃、志麻は彼が鬼であることは知っていた。
けれど、自分が数少ない純血の女鬼であることを言うつもりなどなかったし、もしも彼が嫁をもらうとすればおそらくそれは同じく純血の鬼で格上の千姫か――絶えたはずの東の鬼、雪村の生き残りであると思っていたから。
「あの時は、まさか千景さんが私を選ぶなんて思いもしなかったんです」
君菊と違い千姫の側付きでもない自分を鬼だと彼が知っていたことすら驚いたのに、「嫁に来い」と言われた時は息が止まるかと思った。
「……ふん」
端正な顔を歪めて、鼻先で笑うとおもむろに千景は立ち上がる。
「どうも、まだお前の中にはあの男が棲みついているようだな?」
「そんなこと…は……っ!?」
後ろに回った千景が突然志麻を引き寄せる。
引っ張られたせいで体勢を崩した志麻は千景に倒れ込むような形になり、胸と腹のあたりにはいつの間にか千景の腕が回っていて身動きがとれない。
「千景さ……」
「これほど可愛がってやっているというのに、まだ足りんと見える」
吐息混じりの艶を含んだ低音が志麻の耳にかかる。
そこが弱いと知っていてわざとやっているのだからこの男、質が悪い。
「まだお前の体に俺を覚えこませる必要があるようだな?志麻」
「千、景……さ…っ」
遊女の手練手管など簡単にかわしてしまう千景に志麻は翻弄されてばかりだ。
確かに、たまにやって来ていた新選組の幹部に淡い感情を抱いたこともあった。
だがその男はある時、日を置かずに島原へやって来るようになった後に姿を見せなくなった。
その消息は知れず、ただ新選組は先の戦いで瓦解し鎮圧と共に消滅したと聞く。彼の生死は今や知るよしもないがどちらにしても、志麻は千景に身も蓋もなく惚れてしまったわけで。
「……千景さん、今…私で遊んでますよね…?」
そう志麻が問えば耳元で千景が嗤う。
さもおかしそうに、くつくつと喉を鳴らして志麻を解放した。
「お前も言うようになったではないか」
「……だって」
――だってあなたは、そういうひと。
私の気持ちも何もかも奪って、わかっているくせに問うてくるの。
「まあそう膨れるな、我が妻よ。芸妓であったお前が俺の前ではまるで未通のような反応をするのが愉しくてつい、な」
「もう……!」
頬を赤らめた志麻から離れるとまた火鉢の前に座り、千景は手招きする。
されるがままに志麻が近づくと、胡座をかいた千景に引っ張られその足の間に座ってしまった。
「おとなしくしておけ、何もしない」
彼女が逃げないよう抱きしめたあと志麻の肩に顎を載せるようにして千景は目を閉じる。
その金色の髪が頬をくすぐる感覚に目を細めながら志麻は問う。
「天霧さんが来たらどうするんですか?」
「知らん」
実に素っ気ない返事である。
こういう時の千景に言葉は必要ない。黙っておとなしくしておくのが一番だ。
(……ああ、そうか)
千景は志麻の表情を見て脳裏に自分ではない違う男が浮かんだことに気づきこんなことをしているらしい。
つまりは、すねているのだ。
それに気づいて、つい笑みがこぼれる。
小さな笑いを聞き咎めた千景が何だと訊ねたが志麻は何でもありませんと答えて彼に身を委ねた。
外はまだ雪が降り続けている。
火鉢では追いつかないような気もするが、密着した体温は暖かく寒さも気にならなかった。
ささめごと
110107
気づいたら臥待月のアムリタと同じ夢主になってました。
千景は口に出さないけど嫉妬深そうな気がする。
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