深山に咲く 2 




それからまた数日間、山崎は浅い眠りを繰り返した。
傷による高熱に浮かされた頭で幾度となく戦場の夢を見て、山崎の中で自分がまだ生きているのかどうかが曖昧になる。

「烝さん、大丈夫。大丈夫だよ、まだあなたは此処にいるよ」

うなされるたびに志麻がそっと手を握っては語りかけ、その優しい声と手のぬくもりにひどく安心して柔らかな微睡みに落ちる。
目を開ければいつもそこに彼女が居て、安心させるように微笑むのがとても心強く感じたのかも知れない。



残照の山姫 





山崎が自分で体を起こせるまでに回復したのは半月後のことだった。
暦は五月に入っておりこの小さな隠れ家から見える景色は既に青々として夏山の様相を呈している。
傷の具合は悪く、思い通りに動けるようになるまではしばらく時間がかかりそうだった。

「…………そうか、近藤局長が……」

「うん……切腹じゃなくて、斬首だったって…」

志麻が調べてくれる新選組の動向は、だんだんと悪いほうへ進んでおりほとんどの知らせが明るいとは言い難いものだった。

「幕臣が罪人のように斬首とは……最早、幕府の決めた身分など何の役にも立たないということか…」

そこには怒りもなければ悲しみもなく、ただ事実を確認するように山崎が呟く。
おそらくこうなるであろうことはどこかでわかっていた。副長があれだけ四方八方に手を尽くしても助けられはしなかったのだ。
せめて武士の本懐をと思わなくもないが本人が悔いはなかったと心穏やかに逝ったのなら、残された者たちはその死を静かに受け入れるしかあるまい。
悲しくはないが、喩えるなら心にある大事な柱を一本失ったような――そんな気持ちだった。

「……新選組は会津に向かったみたい。白河城を一時占拠したけど、会津の家老が…藩兵や新選組の指揮を執ってる斎藤さんたちの進言を聞き入れずに失策……城を新政府軍に奪還されたそうよ」

「まだ斎藤さんが指揮を?なぜ」

近藤の助命嘆願に向かうため斎藤へ新選組を託していたが、近藤の居ない今あくまで新選組の大将は土方であるはずなのに。
山崎の疑問に志麻は言いにくそうに目を伏せた。

「…………土方さん、怪我で前線から離脱してるの」

「何だって!?」

山崎の顔色が変わったのを見て志麻は眉を下げる。

「烝さん、」

「…わかっている。今の俺では辿り着くことすら出来ないだろう。……君に助けられた命を無駄にはしない」

時折疼く脇腹は新選組との距離を遠ざける。
焦る気持ちはあれど、今の自分では新選組の負担になるだけだということがわかっている以上どうすることも出来ずそれが歯痒い。

「君には迷惑をかけてばかりだな」

「どうせあたししか居ないんだし、何も気にしないでいいよ。迷惑なんかいくらでもかけていいけど、心配はかけないでね」

「すまない、その心遣いに感謝する。……ところで、常々疑問に思っていたのだが。君は、ここに一人で住んでいるのか?」

隣で薬研を使い、何かの葉を粉にしている志麻に向かって山崎は問う。

「うん。そうねー…もう二年くらいにはなるかな。前はじい様と兄様と暮らしてたの」

「ああ、成程」

それならば合点がいく。
この小さな家には彼女以外の誰かが暮らした形跡があるのだ。
ただ、彼女の言によれば二年も経つというのにそれらはまるでつい先頃まで誰か居たかのようで、てきぱきと動く彼女からはそういったものを置いたままにしておきそうな印象は見受けられない。
山崎が使っている布団とて、しっかり干されていて手入れが行き届いている。

(……聞いてはいけないのかも知れないな)

薬を作る手を止めない志麻は山崎の視線に気づいて顔をあげる。

「なに?」

「……いや、なんでもない。それは、一体何の薬なんだ?」

「今つくってるのは、あなた用の薬。増血とかまあ色々」

「いろいろ……」

「そう、いろいろ。…薬草の名前はあんまり詳しくないけど、薬の処方とか手当てはちょっとしたものよ?」

それは山崎自身が身をもって実証済みだ。
彼女に発見されなければおそらくは出血多量でそのまま死んでいただろうが、山崎は生きている。
脇腹の傷もしっかりと縫合され、今ではそこに赤く伸びる痕を残していた。

「蘭方医学の心得もあるのか」

医家の出身であり松本良順から医術を学んだ山崎だが、同じ場面に出くわしたとしてもこれほど高度な処置はできないだろう。

「うーん…蘭学とかはよくわからないけど、元々あたしの家は薬師の家系なの。そこにじい様や父様が小刀や針を使った医術を持ち込んだみたい」

もし彼女の家が人の世にあったならば名医として名を馳せただろうと山崎は思う。
だが、彼女は自分を鬼だと言った。戦国の世が終わると共に隠棲したという鬼の一族が今の風間たちのように表舞台へ姿を現すことは滅多にないのだ。

「……君は、自分を鬼だと言ったな。その…言いたくなければ無理強いはしないが、雪村くんの家と同じようにというのは……」

山崎の言葉にしばらく何か考えていたが、やがて志麻はぽつりぽつりと話し始めた。

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