いやあ、いい夕暮れ時だね。こんにちは。あれ? こんにちは? こんばんは? はは、こういう時間帯の挨拶って戸惑うよねえ。まあいいや。……ああごめんごめん。驚かせたかな。えっ。いやいやそんな。全くもって不審者とかじゃないから。うん、信じてよ。
おっと、閑話休題。ねえねえ、今日は良い日だからさ、ちょっと暇潰しに、僕の話を聞いて帰らない? ……えー、つれないなあ。すぐ終わるからさ。良いじゃない、数分の付き合いだし。どうせこの後用も無いんでしょ。……あっ、図星―。あはは、嘘吐いても分かるよ。僕、嘘を見抜くのが得意なんだ。本当本当。嘘だけどさ。
……そんな変な顔しないでよ。いやまあ、嘘を吐くのは得意なんだけどね、見抜くのは苦手なんだよ。うん、これは本当。かと言ってこれも嘘。なんて言うのも嘘かもね。
ああ、ちょっと待って! 帰らないで! ごめんごめん止めるから! 

いやー、本当に帰っちゃうのかと思ったよ。良かった良かった。……そりゃあ、自業自得って言ったらそうだけどさあ。うら若き少年のお茶目なジョークでしょ。狼少年だって? 何てこと言うのさ。
おっと、閑話休題。まあそこにでも座ってよ。お茶菓子が無いのは申し訳無いけど、まあお茶が無いお茶会みたいなもんだってことで、勘弁してね。
じゃあ、ちょっと話そうか。いやいや、そんな身構えなくたっていいよ。堅苦しい話じゃないからさ。…そうだね、馬鹿な与太話。そんな所かな。身構えてない? それは失礼。

君は、怪物って信じる? 僕は信じる。実際、見たんだ、この目で。勿論嘘じゃないよ。
うん、よく覚えてる。丁度、こんな綺麗な夕焼けの日だった。あまりにも非凡で、それでいて奇妙な。ある意味、僕はずっと悩み続けているのかも。あの日から、ずっと。

僕はあの日家に一人きりだった。母さんは遅くまで返って来なかったし、父さんはいなかったしね。五時を告げるパンザマストを聞いて、徐に窓を開けたんだ。夏雲の香りがすうっと鼻に抜けていって、生温い風が頬を撫でた。そして、どこまでも赤いその眼で、怪物は僕を見たんだ。

とても怖かったよ。それはね、まるっきり蛇の形をしていたんだ。真黒な鱗がぴかぴか光って、ぎょろりと突き出た目玉が真っ直ぐ僕を捕えた。足がすくんで一歩も動けなかった。……本当に怖くなると人間って叫ぶのも忘れるんだね。僕は黙り込んで、じっとそいつを見つめていた。
口をがちがち震わせて、やっと僕は言ったよ。「誰だ、お前」って。すると――意識が一瞬ぶつりと切れて――世界が暗転した。舞台劇の場面転換みたいに。その時、怪物の口がぱっくりと裂けて――ごくりと、僕を飲み込んだんだ。目の前が真っ赤になって、青くなって、暗くなって、そこで意識が戻った。

怪物は先ほどと変わらずに僕をじっと見ていて――僕はやっとそこで悲鳴を上げた。冷や汗がぼとぼと流れ落ちて――自分の体の異常に気付いたんだ。ゆっくりと左胸に手を当てて――また叫んだ。
――心臓の鼓動が、そっくり消えてしまってたんだ。
いやあもちろん、その前までは正常に動作してたんだけどね、心臓。あの時から僕の心臓はぴたりと動きを止めたんだ。今じゃあ元からそうだったみたいに馴染んでる。
でもその時は違った。止まった鼓動が酷く恐ろしくなって、映画の中の怪物を思い出したんだ。ほら、よくあるじゃない。墓場から蘇ったゾンビの話。あいつ等は皆心臓が止まってて、墓場から這い出して人を食らうんだ。自分もそうなるんじゃないかって。それが怖かったんだ。
僕は怪物に問うた。「どうして」と。怪物は黙りこくって、やっと一言話した。

――嘘を。
――嘘を。
――嘘を吐くんだ。
――嘘だ。
――嘘を吐け。
――嘘を吐き続けろ。

そのまま怪物は闇に溶けて――僕は一人残された。
その日から、僕の瞳はぎらぎらと――真赤になったんだ。

あの日からずうっと、僕は嘘吐きなんだ。嘘しか出なくなってるんだ。だから、昼間に出歩かない。嘘吐きだからね、一人寂しく夜を歩くんだ。皆と居ない。嘘吐きだからね。部屋の隅っこで眠るんだ。家族はいらない。嘘吐きだからね。誰の温もりも邪魔なだけ。本当はいらない。嘘吐きだからね。自分が作った嘘だけが世界なんだ。
そう、この廃テレビだらけの郊外も。しけった古臭い土の臭いも。僕がここにいて、君と話しているという事も。あの空に昇った満月も。きっと嘘なんだよ。僕は嘘吐きじゃなくちゃいけないんだ。周りも、君も、僕自身も、きっとスクリーンで、そこに投影されてる映像なんだ。それってとっても素敵だよね。……そうは思わない? 君ってつまらない奴だね。良いけどさ。嘘だよ。本当なんてどこにもないんだ。だって、本当の事が一番嘘臭いんだから。
だとしたら、それも嘘なのかな? なんて嘘。という嘘。あっけらかんとした嘘。あはは、ごめんね。気持ち悪い。
だってこれは全部、法螺話なんだよ。そうでしょ。うん、忘れるべきなんだ、君は。

……少し喋り過ぎちゃったね。ほら、もう夜だ。さっきまで夕方だったのにね。いつの間に? って顔してる。時間って意外と速いもんなんだよ。3分でカップラーメンが食べられる時代だからさ。
じゃあね、黒いフードの男の子。目付き悪いけど、もっと愛想良くした方が良いんじゃない? ……僕みたいなのはごめんだ、って事かな。あはは、酷―い。傷ついた。
だって、君も同じ目をしてるからさ。全部に疲れた目。僕と同じに、真っ赤でしょ? とても綺麗だと思うよ。

……はいはい、じゃあ今日はこの辺で。また会えるといいね。いや、また、どこかで、会える気がする。こことは違う場所、違う場面、違う僕で。その時はよろしくね。
さよなら。




















とても気持ち悪い奴だった、とシンタローは思った。
胡散臭さが服着て歩いてるような、そんな感じ。元はと言えば、あの空間に迷い込んだのが間違いだったのかもしれない。
あそこは一体どこだったのだろうか。少しだけ考える。が、どうも輪郭がぼやけて、よく思い出せない。どこにでもあって、どこにでもないような。そこまで考えて、シンタローは止めた。
もう良いのだ。もう誰の事を考える必要もない。自分にはもう、何も無い。
フードを深く被り直す。覗いた瞳が、あいつと同じく赤く輝く。
同じ瞳などではない。だってあの目は、




(化け物のそれとよく似ていたじゃないか)
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