つまるところ私はやはり腫れ物だったのだ。

最初は自分が好きだった。
世界の彩りを直に感じる事が好きだった。自分の存在が確定していて、ここに居てもいいんだと心から思えていた。
私は世界の一員。ここにいる事が私の役目。そうすれば、皆も笑ってくれる。それってなんて素晴らしい事なんだろう!
世界が私を受け入れてくれることが愉悦だった。

でも、私が世界に歩み寄ろうとすると、それは私を拒絶した。
父の家に行くようになると、私と世界から色が消えた。
家に居ながらにして常に圧迫されているように感じた。私の体が四方八方からぎゅうぎゅう抑えつけられているような、何とも言えない重みだった。
世界はいつだって灰色で、モノクロで。どこにも綺麗な物は無かった。ぐちゃぐちゃ、べたべた。色んな人のいろんな思いがこもった色んな視線がぐさぐさと刺さってきて。私の心臓は一度止まる。

だからこそ、気丈に振舞った。そんな物何ともないと常に笑っていた。
彼等彼女等の思う壺になりたくなかった。たとえどんなに冷たく言われ、接されても、決して弱音を吐いたりはしたくなかった。自分の弱い所が露見するのが嫌だった。やはり妾の子はその程度の物なのだと思われたくなかった。私は強いのだと周囲に示したかった。
言ってしまえば強がりで、いつからかそんな自分に虚しさを覚えた。まるでライオンに虚勢を張る鼠の様。そんな物は意味も無く、当然の様に私は皆から見放されていた。この場所に、私はいてはいけない。ゴミ溜めに吐き捨てられてしまった方が幸せだろうと思った。そこが私のいて良い所になるのなら、どこだって。

ただ、自分の居場所が欲しかった。
ここに居てもいいんだという確証が欲しかった。
残酷にも昇るお日様がどうしようもなく憎かった。辛い日々の始まりの明かりが私を掻き消すように照らされて。輝くお日様に、見下されて、急き立てられている。早く消えろ、早く消えろ、早く消えろ。

じゃあ消えてしまえばいい。

この朝日に溶けて、何も残さず、影すら残さず、ここから抹消されたい。そうしたら、そうしたらね、お父さんは私に笑ってくれるだろうか。みんな私の事を認めてくれるんでしょう。そんな安らぎ溢れる静かな世界が生まれるんだ。
そう思うようになったのはいつからだろう。
友達にも(だっていないからね)、お付きの人にだって言ったことは無い胸の奥のちくちくした妄想。でも、そう考える度に、胸の奥がじわじわと熱くなって、頭がかっと明るくなって、鼓動の音が早くなった。汚くて、誰にも言える訳は無いけど、この感情だけが本物。灰色の世界で、これだけが本物。存在し続ける、私の気持ち。

お父さんの顔が険しくなっていった。
いつも眉間に皺が寄っていた。大きな声で色々な事をたくさん叫んでいた。そしてその矛先は私にも向かった。
いつも以上に責められた。喚かれた。初めて消えろと言われた。優しい作り物の笑顔は消えていた。憎しみだけが彼を支配していた。それだけが彼の糧だった。
どうして、どうしてと喚き散らしたかった。だっていい子にしてたの。あなたの邪魔にならないように、大人しく、何もせず、人形のように仰々しく、静観していたの。なのになんで私は。
そんなことは言えるはずも無く。そんな気持ちが届くはずも無く。
消える事が出来たらどんなに良かったでしょう。
死ぬ事が出来たらどんなに良かったでしょう。
雨にも負けて、風にも負けて、冬の寒さ、夏の暑さにも負けて、道端に放られた石ころの様に、誰も気にすることなく、誰も関わることなく、誰も嫌悪しない、そんな存在に私はなりたかった。







――走馬灯。
人は死ぬ時に、自分の人生がフラッシュバックするらしい。それは、脳がこの状況から生還したいと思うがため、今までの経験から最善の一手を探っているのだそうな。
ああでもきっとこれが最善なのだ。このままこの暑さに身を焦がれ、黒いかすになって空に舞っていくことが、私の生きる意味だったのだ。
だって私の居場所なんてない。昔も、今も、私のいていい場所なんてない。どこにも無いの。
ふうっと空を仰いだ。空なんて見えないけれど、壁を透かして見える太陽を笑ってやった。
最後の最後で大嫌いなあなたの元へ行くことになるなんて、私はどこまでも不運なのだなあ。
まあ、それもいいかもしれない。
このまま誰にも気づかれない所へ連れて行ってくれ。




















(少女は消えました、誰にも見えないように、ひっそりこっそり、現実から姿を消しました。もう誰にも少女の姿は見えません。少女の本心も見えません。
するといつの間にか、気づかれたくないと願っていた心は、誰かに見つけてほしいと思うようになりました。
でももう誰も、本当の彼女を捕える事は出来なくなってしまったのです。
目を隠し、心を隠し、自分の気持ちすら誰にも分かってもらえないまま、気づかれたくない、それでも気づいてほしいと思った哀れな彼女を救う物は、もう何も無くなってしまったのです。
だってもう少女には、何も残されてはいなかったのですから)




(消えて、隠れて、私はどこへ)
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