死にたくありませんでした。

思えば、私の戦争は、あの時からもう始まって終わっていたのだと思います。格好つける気はさらさらありません。ただ、お父さんの部屋のあの写真を見たあの瞬間から、私はもう始まって終わっていたのです。きっとそうだったのです。
本当の事を言えば、揶揄や比喩では無く、私は幸せでした。学校に行けば友達がいて、帰ってくると温かい家族が私の帰りに「お帰り」と口を揃えて言ってくれる。幸せでした。友達や家族の笑顔、それを見る度に、私の表情も自然と緩んだものでした。幸せでした。
不幸と幸福は反比例するらしい、と誰かが言っていました。幸福が増えれば不幸は減って、不幸が減れば幸福は増えるものだと。何処かで誰かが幸せになれば、どこかで誰かがその分の不幸せを手に入れると。では、あの時の私は一体なんだったと言うのでしょう。
母が死に、父が友達を手に掛けると知り、私はあの時確実に絶望していました。よもやその時の私が出来る事など、何も無かったのです。しかし私は、学校で会う友達や家族に限り無く希望を抱いていました。つまり、その時の私の心中には、希望と絶望の、二つの顔がありました。どちらも本気の感情でした。楽しいと思う半面、どうすればいいのだろう、果てしなく悩み続けていました。
学校で笑う時もあれば、学校で静かに泣くときもありました。
家で一人泣き喚くこともあれば、すっきりとした顔で笑う時もありました。
けれども私は強くありませんでした。二つの思いを一つの心で持ち続けるなど、不器用で馬鹿な私には重すぎたのです。
ある日、心の中が突然沢山の物で満たされたかと思うと、すぐに空っぽになりました。カチカチと震える手で握っていた赤いマフラー。息を何度も何度も吸っては吐いて、握り締めた手に滝汗が滲んで、大粒の涙がころりと零れました。
私はヒーローです。皆のリーダー。先頭に立つ、赤いヒーロー。
じゃあ、守ってあげなくちゃ。
リーダーは、皆の不幸せを、救わなくちゃ。
ただただ私を突き動かす理由も根拠もない使命感と、比例して湧き上がってくる恐怖と焦り。こんな時ばかり、どうして私の思いは増えに増えるのだろうか。どうせなら、全部消えてしまえばよかったんじゃないか。思いましたけれども、そんなネガティブな考えとは裏腹に、腹の奥からどうしようもなく笑いが込み上げてきました。
きっとその時の私の顔は、とても気色の悪い物だったのだと思います。恐怖からせり上がってくる涙と、緩んだ表情筋が不気味な笑いを作り上げていました。どうしてあの時、私は笑っていたのか、それは今でも分かりません。走馬灯のように駆け巡った思い出に、感動していたのでしょうか。今まで目を逸らしていた現実に今更立ち向かおうとしている私を、自嘲していたのでしょうか。分かりませんし、分かろうとも思いません。
今ここに立っている私は、死への覚悟を振り切れたのでしょうか。そうだといいなあ。
空をぱっくりと割った裂け目がもう間近に迫っています。ああ私も、あの赤色に呑みこまれるのでしょう。あれほど憧れていた赤色が、今はとても恐ろしく感じます。握り締めたマフラーも、見開いた目も、赤色なのに。
ごめんなさい、お父さん。私は皆を助けたいです。許してください。
ごめんなさい、つぼみちゃん、こうすけくん、しゅうやくん。私は先に行っています。どうか、追いかけてくることの無いように。
ごめんなさい、ごめんなさい、大事な人、大好きな人、私に関わった全ての人達。

……何よりも、シンタローに謝りたいなあ。私が先に行くって知ったら、どんな顔をするのかな。怒るかな。蔑むかな。泣かれるのは嫌だから、最後まで笑っていてください。
それでは。


























嫌だ嫌だ何で私が死ななくちゃならないのどうしておかしいでしょ私何も悪いことしてないずっとみんな幸せでいられたらいいなって思ってた思うのは悪い事なんですかでも私その為に死にたくないよ綺麗事言ってもやっぱり死にたくないよ怖いよみんな大好きだよみんな愛してるよずっと傍にいたいよ幸せで痛いよじゃあなんでどうして私は死んじゃうの死にたくないよずっと堪えてきた我慢してきた言いたかったでも言えなかった言ったら皆が駄目だから皆が死ぬくらいなら私が死んだ方が良いから馬鹿な私が死んだ方が良いから分かってた私がやらなくちゃダメなんだって私じゃなきゃダメなんだってずっとずっとずっと解ってたんだなんでなんでなんで私なの辛いよ嫌だよ怖いよ助けて助けてたすけて誰か私を助けて誰もいないなんて嫌だ独りなんて嫌だ榎本先輩九ノ瀬先輩シンタローしゅうやくんつぼみちゃんこうすけくんお父さんお母さんどうかお願いだから一生のお願いだから私の足を止めてやめろよって言って死なないでって言ってでもそしたら私きっと甘えちゃう皆を助けられなくなるそれは嫌だだけどもうやめて苦しめないで安らかにさせてどうかこのまま終わらせないでどうか綺麗な気持ちのままで終わらせてください私を











(ヒーローのたった一つの恨みごと)
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