わが庵は都のたつみ しかぞ住む


今日もバーに足を運んだ。荷を横流しした連中がいたとかで、久しぶりに派手にやった。反比例して心は荒む。
異能だとかはよく分からないが、正直言ってあそこまでやらなくても良かったように思う。夢に見る様な殺しはしたくない。
疲弊しきった体を投げ出して、か細い声で注文した。シェイカーがマスターの手中でダンスする。サイドカーだ。オレンジが彩りに添えられて、俺はグラスを一気に飲み干した。その爽快感とは裏腹に、暫く胸糞悪さは消えそうになかった。殺しは苦手だ。マフィアのくせに。
からんころん。バーの入り口が開く。入って来たのは、なんとまあ美人だ。金がかった髪に切れ長の瞳。黒は人を美しく見せるというが、別嬪に限っては鬼に金棒と言っていい。
彼女は店内を横切り、俺の隣に座り、注文を、ってあれ。

「おお土屋じゃねえか。どうしたよ、ンなしけた面して」

中原中也さん――仕事の上司だった。
自分の目を疑い、思考の極端さに落胆し、先程にも増して陰鬱な気分になった。毎日顔を突き合わせているにも拘らず、俺はなんて救いようのない間違いを。確かに美人だからって女と間違えるだろうか。相当疲れているらしい。
うっかり声かけなくて良かった。

「おいおい、死にそうだな。大丈夫か?」

中原さんは嫌に楽しそうに笑って、ラムコークを頼んだ。
俺はぐんと背筋を伸ばして、もう一杯サイドカーを頼んだ。
こうなりゃやけだ。酒に呑まれる勢いで飲んでやる。


* * *



「へえ、お前にも好きな女がねえ」
「好き、って訳じゃないっすよ。気になるってだけで」
「好きでもなきゃ気になりもしねえよ」

そうですかねえ、そうだろうよ。
酒を何杯飲んだか忘れる程には酔っていた。俺は下戸だ。
中原さんもそれなりの様だが、俺よりはグラスが進んでいる。なんだかんだでいつの間にか、話題は俺の気になる女性の話に移っていた。
酔いのせいで口が軽くなっていたのは分かっていたが、何だかさっきとは打って変わって上機嫌だったので、まあどうでもよかった。

「で?お前の心を射止めたその女、名前は?」
「あはは……橘内、橘内圭子さんと言う名前だそうで」

彼の表情が少し変わったように見えた。酔いすぎたかと、目を閉じる。開くとその表情はいつも通りだった。矢張り飲み過ぎか。ああ、二日酔いの頭痛は覚悟しなくてはならない。

「ふうん、ああ橘内」
「ご存知なんですか」
「まあそれなりになあ。配属がよく被るからよ」
「ああ……俺は、彼女を噂にしか知らないもんですから」
「噂?」

あいつに噂が立つのか? と中原さんは首を傾げた。知らないのか。

「そりゃあ勿論。大人びていて冷静で、仕事中だって一度も躊躇うことの無い、随分なベテランだってもちきりですよ。遂行した任務は星の数で、それも皆素晴らしい手際だと。俺には高嶺の花ですよ。そりゃあ、声くらいはかけてみたいですけど」

こんな新米じゃ到底つりあいません、と自嘲する。
そんなもんだ。彼女は俺より仕事が出来て美人で大人で、きっと数えきれないくらいの男を相手にしてきた、正に雲の上の存在。まだ人殺しにさえ躊躇う俺なんかじゃどうにだってなりゃしない。
ああ、どうして俺はこんなに安い男なんだろうか。
すると突然、中原さんが大笑いし出した。ははははは、となんとなく愉快そうに。

「お前、そりゃあ夢を見過ぎだぜ」
「へえ?」
「そりゃあ全部タダの噂だ。尾鰭どころか背びれまでくっ付いていやがるぜ。あいつはどうしようもないくらい子供でド阿保で駄々っ子だ。なんせ酒も飲めないうえに、珈琲には砂糖とミルクが欠かせない程には甘党なんだからなあ。いつも財布の中身を気にして溜め息を吐く程度には金に余裕もねえし、それこそ仕事もだ」
「へっ」
「噂は恐ろしいもんだなあ、土屋。後一つ訂正しておくと、あいつはお前が思うほど男にゃ手馴れてないぜ。何てったって――」
「帰るよ中也」

饒舌な口がぴたりと閉じた。驚いて見上げると、そこには正に噂の人――橘内さんが、こちらを見ていた。正確には、中原さんを睨みつけていた。席の後ろで。
何時入って来たのだろう? ……顔がこわばり、いつもの無表情な顔は一変、怒りだしそうな表情を必死に堪えているようだった。後から考えると、その顔が赤かったのは、バーのライトのせいだけでは無かったような気さえした。
しかし、その時の俺は意中の人が目の前にいると、途端に体が硬くなって、中原さんの話が全て吹っ飛んで、情けなく彼女に見惚れていたから、そんなことを気にする暇も無かったのだ。

「おお、噂をすれば何とやらってか。この店知ってたんだな。飲めもしないのに」
「うるさい喋るな。戻るよ」
「冷てえの。お前、もうちっと愛想良くしろよ。なんで人前じゃこんなんなんだ?」
「黙れ。人の事べらべらしゃべりやがって、こっちがどんだけ恥かいたと」
「へーへー。悪いな土屋、今日はここまでだ。また明日な」
「……あ、はい。おやすみなさい」

はたと気が付いて我に帰る。
橘内さんは俺の事など見向きもせずに、入り口へと向かっていた。何かぼそぼそ呟いていたようだが、バーのBGMに掻き消され、何を言っているのかは聞こえない。
――あれ、そう言えば。
中原さんはさっき、何を――
その彼がくるりとこちらを振り向いた。そして少し近づいて、向こうの橘内さんに聞こえない位の声で、ぼそりと呟いた。
同時に俺は、盛大な思い違いをしていたと、ようやく気付いた。

「――何てったってあいつ、俺が初めてだとか言ってたから、さ」




(2014.10.27)
企画「ウタウタウ」に参加させて頂いた小説です。
土屋ドンマイ。

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