疑えばみんな嘘


「猫目さん」
「ん?なあに?」
「二人きり、ですね」
我ながら冷ややかな声をしていたと思う。敵意は隠しておくつもりだったのだけれど、誰も他者のいないこの空間で平坦に笑っている彼の顔を見ていたら無性に腹が立ってきた。出来る限りの強い眼光で彼を見つめたら嫌味たらしく釣り上がった目にきん、と真っ赤な光が灯る。視線だけが笑っていない、きっとどうせ私のこの感情にもはじめから気付いていたのだろう。
「そうだね。エネちゃん顔が怖いなあ、そういう台詞ってもっと可愛らしく言うものじゃないの」
「悪かったですね、可愛げがなくて」
「いやいやそんなつもりじゃないんだけどね。ずいぶん可愛くなったと思うよ?ねえ」
からかった言い草の最後ばかりは私にプレッシャーを押し付けている。言外に含まれた言葉の毒々しさが明確に声に出さずとも伝わった。かちんとくる気持ちを抑え、エネは精一杯笑う。私は、不敵な微笑みを作る。こんなことで引き下がる私ではない、ここまで来てしまったのなら、今日こそその目的を暴いてやる。
「全く何を企んでいるんでしょうね」
「企んでる?どうしたのさ急に」
「とぼけないでくださいよ先日ご主人をボッコボコにぶちのめしたばかりでしょう。見てたんですよ私」
「ああ。ねえ、シンタロー君たら急に泣き出すからびっくりしたよ、どうしちゃったんだろうね」
あくまでも真意に辿り着かせるつもりはないのだろう、まるで終わりのない追いかけっこをしているような、伸ばした手が何度も空を切るような会話ばかりがずるずると続く。苛立たしい、まさに彼の得意とするところ。嘘つきで、底の読めない、本当は弱く小さい生き物であることを必死に赤を纏って隠して。心の中で見下した。そう、こんなことを本人に伝える必要などないのだ。知らないところで気付かぬうちに下等に落ちてしまえばいい。どうせかまをかけた私だって変わりやしない弱者だ。
「本当のことを教えてくれないのは生来からの癖ですか?」
「本当のことしか言ってないよ僕は。うん、でも昔からこうだったかな」
ほらもう矛盾して、破綻しているんですよ。
「嘘吐き」
猫目さんの本当はどうしたって分からないけれど、あらゆる地獄を見てきた私には嘘は簡単に見破れる。いや、分からせてもらっているのかもしれない。こうなってはどちらでも構わない、私は本当だけが残るまで彼の嘘のすべてを破り去る覚悟でここにいるのだから。たった4文字の言葉にその決意と敵意を込めた。
にたあ、と笑う、捕食するような目。急に赤色が弱まって、真実の彼が剥き出しになる。小さく弱い彼の中身が牙を剥き、一瞬に射抜かれて何故かぞくりと体中の神経が凍る感覚に襲われた。エネはこわばった顔つきで小さく笑みながらじっと視線を逸らさない。
「一番の嘘吐きは君でしょう?エネちゃん、いや、この名前では不十分かな?」
「……私は、そんな」
鼓動していないはずの心臓が跳ね上がるような思いを味合わされる。やはり何もかも知っている、いや、知られているのだ。
恐怖と同じスピードでふつふつと怒りが湧き上がってくる。尻尾は互いに掴み合った。怒鳴りつけてやろうと口を開いた、のだが。
「ごめんね」
その直前、PCのプラグがぶちりと引き抜かれて私の意識は奈落の闇へと閉ざされた。最後に見えた彼の申し訳なさそうな言葉が表情が真実なのか否か、私にさえよく分からない。



(2013.10.27)
Prestoのアルト様から頂きました。憧れの方から好きなCPを頂けるのは至上の極みですね!
どうもありがとうございました!

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