きらいなひと


「ああ、やっぱり貴方だったのですか」
どうりで変だったのね、と一つ呟いて。
目の前の男は何も言わない。ただ少し、少しだけ困ったように眉を寄せた。真白の礼服に袖を通し、整った指先は柔く蝙蝠傘に添えられている。顔は酷く仄暗く、漆黒の瞳が薄くこちらを見据えている。不自然に吊り上った口元は、笑っているのか、はたまた。顔の整った優男。まだ頬に赤みの差しているあの頃だったなら、ありえなくは無かったかもしれないと一人ごちて、青暗い色のスカートを抓んだ。
その陰に隠れて、彼女の黒い翼が姿を現す。ばさばさと伺いながら男を見るその仕草は、まるで恋する乙女の様である。リデルは一つ息を吐く。ちらと顔を出して、ほうと見惚れて、ささと隠れる。まるでチープな純愛映画じゃないのと、急くように裾をなびかせると、やっと彼女は顔を出した。
そのまま弧を描いて――彼女は木に飛び移る。よほど顔を合わせるのが恥ずかしいらしい。リデルはまた息を吐いた。
「……初恋なんですよ、あの子にとっては。女の子の初めてを奪った罪はとても重いかと。責任取ってあげてくださいね」
「それは――何とも。謝る、というのはおかしいですね」
「謝るのは侮辱です。貴方、あの子の気持ちを土足で詰り回したいんですか」
私が怒るのもお門違いか、と思うも、それより何よりリデルはこの男が嫌いだった。
ああ、どうしてこの男なのか。

友人が恋をしたのを耳に止めたのは、少し前の事。
出会いはふとしたきっかけから。所詮一目ぼれ、という奴なのだろうか。それはまるで自分が生きていた頃の様な純朴さをも持ち合わせていて。余程ご執心の様だと笑う。ゾンビである自分に蝙蝠の好き嫌いは理解し難いが――友人の恋の行方くらいは見届けてあげるのが筋だろうか、とふと思った。
意気揚々とその相手の魅力を訴えかける彼女に、お相手はどなた、と相づちを打つ。あの方のお名前はね、と。
頬を染めて放たれたその名前に、リデルは淹れたばかりの紅茶に口を付ける事が叶わなくなってしまった。

「よりにもよって貴方だったなんて。あの子の趣味を疑うつもりはありませんが、ね」
「はて、私に言われましても」
「私だったら――絶対に貴方は有り得ませんもの」
「おや、振られてしまいましたか」
残念ですね、と男は苦笑した、が。顔は実に愉快そうだった。
リデルは男を睨む。
ああ、なんでどうして。
あの子の思い人が、こんな男なの。




リデルさんの友人の蝙蝠(♀)がこうもりおとこに恋しちゃったお話。リデルさんはこうもりおとこ大嫌いな設定。

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