また逢いませんように


※エネちゃんがデリートされる




――ERROR!
四角いウィンドウがあっという間に目の前を埋め尽くしていく。ばちり、ばちりと掻き消えていく狭い電脳世界。ああ、そのうち私もこれと同じように消えるんだろうかと考えながら、最後の抵抗を試みていた。
でも私に出来る事なんてこの状況からしたら全然無くて、取り敢えず目障りなウィンドウを残さず消去して、ディスプレイ越しにシンタローを呼ぶことだけだった。何時に無く必死なシンタローに、自分のためにしてくれていると分かっていても笑いが込み上げてきて、自嘲気味に頬を緩ませた。

「エネ! 何でこんな、急に」
「分かったら苦労しませんよ、ご主人。何でそんなに頑張ってるんですか。何時も私をデリートしようとしてたのはご主人じゃないですか。ふふふ、馬鹿みたいです」
「――っ! お前、何でそんな阿保みたいに笑うんだよ! お前このままじゃ消えるんだぞ!? もっと自分を大切にしろよ!」
「あははははははは! いや、ご主人に言われても説得力無いですよ。ヒキニートってどう考えても自分自身を大切にしてないですし。そういう台詞はヒキニートを卒業してから言ってほしいですね」
「ああ、もういい。もういいから、ヒキニートでも何でも言っていいから、だから」

戻って来てくれ。
シンタローのマウスとキーボードを叩く手が止まる。諦めたのではなく、悟ったのだと思う。エネというプログラムへの外部からの干渉。シンタローはこんなでも一応頭は良く回る。だからこそ、私が今、どういう状況下に置かれているのか、そしてもう私に手の施しようが無い事を、分かっていたのだ。

「そりゃ、私だって怖いですよ。消えたくないですし。まだご主人にしてない事が沢山有りましたしね。でもまあ、ここまで徹底的にやられちゃうとですね、逆にもうどうでも良くなるんですよね。覚悟を決めた、って言うんでしょうか? ちょっと違う気がしますけど。だからそんな情けない顔しないでくださいよ。夢にまで見たご主人のロンリーライフが再び始まるんですよ? 朝にサイレンが鳴ることも無いし、勝手にフォルダーを弄られることも無いし、ネットサーフィン中に五月蠅く話しかけられることも無いんですから。ねえ、楽しみでしょう」

「まだだ、まだ、諦めねえぞ。お前にはされたことが沢山あるんだ。勝ち逃げなんてたまるか。くそ」

シンタローの手が動く。外部からの干渉プログラムに対して反抗し、必死に私に保護プログラムをかけている。その手の動きは早く、如何にご主人が私を救おうとしてくれているのか、痛いほどに分かった。でも、もうきっと駄目だろう。私のシステム構成はもう60%ほど消えかかっている。とうとうプログラムの表示システムにまで来たようで、だんだんと、私の体がディスプレイから消えていく。

「おお、すごいですねご主人。どっかのアニメにもこんな感じのありましたよね。うわー私マジで消えるんですね」
「待ってくれ、エネ……もう少しなんだ、だからっ……!」

シンタローが縋り付くようにディスプレイに頭をもたげる。キラキラと光っているのは、きっと涙だ。どうしようもなくせり上がってきた悲しみを、シンタローの前で曝したくは無かった。だから、シンタローが唇を噛んでこちらを見ているのを、ただただ見つめ返していた。

「悪足掻きはよしてくださいよご主人―。どうせ消えるんなら後腐れ無く消えたい派なんですよエネちゃんは。泣かれると私がなんか悪いことしてるみたいで後味悪すぎじゃないですか。ふふふ、泣くのは勝った後だけですよ、ね、ほら、赤ちゃんじゃないんですから、なかないで、くださ、い、」

限界だった。堰き止めていたものが流れ出しそうだった。頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱していた色々なものを全部吐き出してぶつけられたら、どれだけ楽になる事だろう。どれだけ別れを惜しむ事が出来ただろう。
最後の最後なのだから、シンタローと名を呼んで、さようならと笑顔で言って、それをする事が出来たのなら。

(でも、私は最後の最後まで)

しゃくり上げそうになる言葉を押し留めて、あくまで何時も通りに。

「ああああ、そんなに涙塗れで、恥ずかしくないんですか? 男は背中で語るもんでしょう。何時までも女ったらしくぐじゅぐじゅ泣いてないで、きっぱりお別れしましょうよ。そろそろ終わりです」
「また……俺は、失くすのか、また、俺は」
「……良く聞いてください、ご主人」

ディスプレイ越しに大きく顔を上げた。

「ご主人は、何も失ってなんかいません。ご主人のせいで誰かが死んだ、とか消えた、とかはあくまで誰か自身が望んで決めたことです。例えご主人がその誰かの背中を良くも悪くも押したとしても、決断したのは彼女です。だから、自分ばかり責めないでください。きっとそれを見ている彼女も、悲しいと思いますよ」

自分が無責任な事を言っているのは分かっている。それでも、それでも言いたかった。

「だって私が消えるのもご主人のせいじゃないですし。今私、全然ご主人の事を恨んでなんかいませんよ。むしろご主人の事自意識過剰だと思ってますよ。自分が死んだからってご主人の人生がひん曲がったら、それこそ胸糞悪いです」
「……エネ、お前」
「だーかーらー、もういいんですよ。忘れろとは言いませんけど、それだけでご主人が苦しむようだと、また粛清しに来ますからね。今度はこのPCのデータ全部リカバリーしてやりますからね」
「……お前、言ってること支離滅裂だぞ……意味分かんねえ……リカバリーはやめてほしいけどな」
「でしょう!」

にっこり笑った顔も、そろそろ消える。肩の部分が電脳世界に青く溶けていく。意識ももうぼんやり滲んでいた。消えゆく視界の片隅で、シンタローが笑っている気がして。ああ最後に、最後に、シンタローに、言いたいことがあるんだ。

「ご主人」
「……何だよ」
「さようなら」

「…………またな」

勝手に再会の約束をされたような気がするが、まあいいか。
瞳を閉じて、ただただ消えていく私という存在から、目を背けた。



(2013.8.27)
外部からの干渉はクロハさんという裏設定がありますん

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