因縁の決着


「だあああああっ」

アドルはロナスに向かい短剣を振り続ける。しかし、彼に辿り着く前に魔術の槍に阻まれ、その身を切りつけられ、弾き飛ばされ続けた。
腕から、足から、血をだらだらと流しながら、立つのもやっとのはずなのに、アドルは立ち上がり、短剣を手放さない。

「ふーん?いやぁ、人間って、なんなんだろーねぇ。執念?しつこさ?」

ロナスはバサバサと翼を羽ばたかせ、宙に浮きながらアドルを見下ろして笑う。

「悪魔だとかっ‥‥神様とかっ、なんなのか知らないけどーー!お前はおれの家族を‥‥殺した!だからっ‥‥許さない!」
「ふーむ」

アドルの言葉を聞きながらロナスは何かを考え込み、

「なあなあ、面白い話してやろうか?」

そう言うので、アドルは訝しげにロナスを見つめた。

「十二年前、オレはフォード城を焼き尽くした。リオちゃんは目の前でフォードの女王の死を見た。そして、友達ごっこをしていたフォードの王女様に裏切られた‥‥王女様はなんと、あそこにいるカシルに惚れちまったんだぜ!」
「!?」

クリュミケールの昔の話はちらっと聞きはしたが、そのことはアドルは知らない。

「レイラ王女様は友達より男を取った!それでだ!リオちゃんはレイラ王女を取り戻すんだーみたいになって、剣を手にすることになって、不死鳥とまで契約したんだ!クククッ、面白いよなぁ!?」

ロナスは両腕を広げ、

「それで、だ。リオちゃんの目の前でレイラ王女を化け物にしかけて、この槍で突き刺してやったらさぁ‥‥いやぁ、リオちゃんマジギレするのなんの。オレはよ、そーゆーのを打ち砕いてやりたいわけ。友情?愛情?信頼?あははっ、そんな長続きしない一時の感情の為に、人間ってほんっと、バァカ!」
「‥‥っ」

アドルは真っ直ぐにロナスを見つめ、

「悪魔の書の内容が本当なら、お前は、人間に裏切られたのか!?だから、人間が憎いのか!?」
「‥‥ふーん、読んだことあんの?」
「キャンドル兄ちゃんから昔、聞かされただけだけど‥‥」

そう、視線を落とし、拳を握り締め、

「もし、あれが本当ならっ‥‥お前は、たくさん苦しんだのかもしれない!でも、でもさっ!人間は全員、悪い人ばかりじゃない!お前がもう酷いことしないなら‥‥おれは‥‥」

ギュッと目を閉じ、村の皆やアスヤの顔を瞼の裏に浮かべ、

「おれはっ‥‥お前を許すよ‥‥!」

そんなアドルの言葉を、骸骨の群れを倒しながらシュイアとカシルは聞き、ロナスはぽかんと口を開け、

「はぁ?なに言ってんの、クソガキ」

声を低くし、真顔で言って、

「オレが憎いんだろぉ?家族だっけか!?オレはお前の家族を奪った仇なんだろぉ!?ほらっ!その届かない刃、向けろよ!オレが憎いなら憎しみの剣を向けてこいよ!かつてのリオちゃんみたいにさぁーー!?」

声を張り上げ、ロナスはアドルを挑発する。しかし、アドルは真っ直ぐな目でロナスを見つめ続け、

「おれはそんな剣を振らない。おれの剣は守る為の剣なんだ。そう、おばあちゃんと約束したから。何かを憎んで、道を誤ったりはしないよーーお前みたいに」

静かに、そう言い放った。
ロナスは数秒固まり、アドルから視線を外し、地面を見つめる。それから舌打ちをして、

「何も知らないガキが‥‥」

そう低く言った時、彼が纏う魔力の殺気のようなものがこの場に広がり、

「ーー!アドル、逃げろ!」

思わずカシルは叫ぶが、ここからでは助けることも何もできない。そして、

「なら、マジで死ねよお前‥‥上を見てみな、坊や」

ロナスは冷酷にそう言い、アドルは頭上を見上げる。
そこにはまるで、氷柱のように連なる複数の槍が浮いていた。あんなものがもし落ちてくれば、アドルは串刺しになる。

「くくっ‥‥オレが念じればあの槍はすぐさまお前の身体をズブリと貫くぜ。だからよ、なあ坊や、命乞いをしてみろよ、土下座でもしてさぁ。そしたら‥‥お前の失言を許してやるよ、命は‥‥なくなるけどなぁ!」

アドルは頭上を見上げたままゴクリと息を呑み、

「皆は‥‥母さん達はきっと、もっと苦しんで死んだ。何も、わからないまま。お前達、悪魔も、苦しんで‥‥死んだのかもしれない。だからっ、だからこんなの、こわくなんかない!!」

何をしても屈しないアドルにロナスはギリッと歯を軋め、右手を上げた。同時に、頭上の槍がアドルめがけて降り注ぎーー‥‥

「くそっーー!」

バキッーーガキンッーー!
骸骨は今もなお道を阻み、シュイアとカシルの行く手を阻む。
もう、間に合わないーーその時だった。

「っ‥‥はあっ!?」

驚くようにロナスが叫ぶ。

アドルに降り注ごうとした槍が、ドロドロと溶け出し、液状に変化していくではないか。
激しい風が吹き、輝かしく燃える鳥ーー不死鳥の姿が現れた。
不死鳥が巻き起こす炎が、見る見る内に骸骨をも焼き尽くし、復活できないよう溶かしていく。

「ーーさて。お前か?この子を傷付けたのは」

ーー既視感。ロナスもシュイアもカシルも、それを感じた。

十二年前、フォード城が炎に焼かれた日。
ロナスが魔術の槍でリオを貫こうとした時‥‥シュイアが、同じ言葉を吐いて現れた。

そして、今。
呆然として立ち尽くすシュイアとカシルの間を、あの日から成長した金の髪の剣士が歩いていく。

まるで、あの日の再来。あの日のやり直し。

アドルとロナスへ至る道を阻んでいた雷のバリアも消えてなくなっていた。
不死鳥の姿は消え、クリュミケールは傷だらけになって、それでもその場に立つアドルの横に並び、彼の頭を撫でる。

「‥‥アドル。こんなに血を流して‥‥だから、嫌だったんだ。お前を、巻き込みたくなかった」

そう言って、堪らなくなって、クリュミケールは彼を抱き締めた。

「クリュミケールさん‥‥おれ、仇を、討てなかった。でも、違うって思ったんだ‥‥誰も、おれが仇を討つことなんて、望んでないって。こんなことしたら、村の皆や、母さん、父さん、おばあちゃん‥‥クリュミケールさんにキャンドル兄ちゃん、リウスを‥‥悲しませちゃうかもって‥‥」

アドルはクリュミケールの腕の中で震え、泣き出してしまう。張り詰めていた緊張が解けたのだろう。

「ぐっ‥‥ククク、ははっ‥‥リオちゃんじゃねーかよぉ。骸骨の群れと、結界を破ったってのか?オレの力を、破ったってかぁ!?それが、本気の不死鳥様の力ってか!」

ロナスがクリュミケールに怒鳴りかかるように言うと、クリュミケールはアドルの体を離し、ロナスに振り向く。
不死鳥に渡された紅き炎の剣をその手に握り、

「さあ、ロナス。決着をつけよう」


一度目は、何もできなかった燃えるフォード城。
二度目は、不死鳥の山の小屋。
三度目は、取り逃してしまった破滅神の遺跡。
四度目は、不覚をとられた森の中。
五度目は、対峙はせずとも、燃え盛るニキータ村。
六度目は、シェイアードに助けられた雪原。

そして、今、ここに。
たったこれだけで、こんなにも、

「思えば【破滅神の遺跡】以来、お前とちゃんと戦ったことはなかったな。だがーーレイラの、女王の、シェイアードさんの、ニキータ村の皆のーー今、アドルを傷つけた借りを返してやる」

こんなにも、憎い。

「はぁー。レイラちゃん、レイラちゃん、ね。懐かしいなぁ‥‥それに、シェイアードねぇ」

ロナスはクリュミケールを見つめ、

「んなもん知ったこっちゃねえ。オレは人間を憎んだ、世界を憎んだーー!お前ら若造にはなーんにも、わかんねーんだよ!」

ロナスは声を荒げ、再びーーいや、先程より多くの槍を作り出す。

これは、時間の差だ。どちらが先に動くかで勝敗が決まる。

(アドルにはきっと、迷いがあった。でも、今のオレにはもう、昔のように迷いがない)

ニキータ村の家族の笑顔。
女王の言葉。
シェイアードの温もり。
レイラの涙。

彼らへの様々な想いをこの身に纏い、クリュミケールは駆け出した。
ロナスも腕を振り下ろした。

ロナスの近くに槍はない。
クリュミケールは余計な思考を振り捨て、ロナスだけを視界に、脳裏に。

互いの叫びが響き、クリュミケールは真っ直ぐに腕を、剣を伸ばした。
ぶわっと、紅蓮の炎が舞い上がり、切っ先はロナスの胸に突き刺さる。

「ーー‥‥ぐぅっ!?」

ロナスは呻き、しかし、目を細めた。
ーー呆気ない‥‥なんて、感じてしまう。
それは、クリュミケールも同じだった。届いてしまえば、終わってしまえば、こんなにも‥‥呆気ないのだ。

「ーーぐはっ‥‥」

ベシャリと、ロナスは血を吐き、貫かれた胸からも血がドロドロと流れ、その場に膝をつく。不死鳥の剣の炎に体内を焼かれたのだろう、もう、翼を羽ばたかせることも叶わない。

「‥‥皮肉、だな。まさかっ、炎に、やられるなんてよぉ」

ロナスはそう言い、目の前で見下ろすように立ち尽くすクリュミケールを睨み付けた。

「もう、オレには迷いはなかった。昔みたいに、躊躇いはなかった。だが、お前にも迷いはなかった。でも、オレには守るべきものがある‥‥それが、オレとお前の違いだ」

クリュミケールは静かにそう言い、だが、ロナスは悪態を吐くように笑う。

「勝手‥‥抜かしてんじゃねえよ、人間‥‥オレは、よぉ、最後の悪魔として‥‥憎き人間を根絶やしにする為に、生きてきたんだ。サジャエルに、利用されようが、なんだろうが‥‥滅んでいった、我が同族の‥‥為に」

ロナスは乱れた呼吸で話し、

「ーー‥‥なら、これ以外にも、道はあったはずだ」
「種族共存‥‥ってか?クッ、ハハハハ‥‥かつては、そんな時代もあった。様々な種族が、共に生きた時代‥‥」

ゆっくりと目を閉じて、懐かしそうに呟く。

「‥‥なあ、リオちゃんよぉ‥‥ちょっとしゃがめよ、もう、オレは立てねーし、なんも、できねーからよ」

ロナスに言われ、彼の状態を見て、確かにもう、何もできないだろう。そう察し、クリュミケールはその場に屈んだ。
ロナスは夕日色の目で、エメラルド色した目を見つめる。

「一回、間近で見てみたくてさぁ」
「‥‥」
「そう、だなぁ‥‥あいつらは、お前みたいな人間に、託したのかもな‥‥ははっ、確かに、あいつに、瓜二つだ‥‥まあ、あいつはもっと‥‥熱血バカだったけど‥‥」
「あいつ‥‥?」

ロナスが誰のことを言っているのかわからなくて、クリュミケールは目を丸くした。
それから、ガバッ‥‥と、彼はクリュミケールを抱き締めるので、「えっ」と、クリュミケールは小さく声を漏らす。

「‥‥リオちゃんよお。オレは後悔なんかこれっぽっちもねーし、謝罪なんて気持ちもねぇ。オレはなーんも、間違ったこと‥‥してねーからなぁ」

ロナスはそう言って笑い、ちらっと前を見た。
いつの間にか、シュイアとカシルがこの場に来ていて、

「くくっ、リオちゃんの周りはほんっと、おっかねーわ‥‥今にも、殺しそうな目で見てきやがる‥‥過保護っつーか‥‥くくっ、実際は好きすぎて仕方ねーってか?」

シュイアとカシルにそう言いつつ、しかし、ロナスはクリュミケールを抱き締めたまま、アドルを見る。懐かしそうに、彼が首もとに掛けている、赤い石に白い羽がついたペンダントを見つめ、

「坊や‥‥堅苦しい生き方は、いつかお前を滅ぼすぜ。何かを憎まない奴なんて、いねーよ‥‥いつか、わかる日が、来るさ」

言われて、アドルは真っ直ぐにロナスの姿を目に焼き付けた。
それから、ロナスは小さく笑い、再び夕日色の目で綺麗なエメラルドと金を見つめ、

「もうちょい、戦ってみたかったなぁ」
「‥‥ロナス」
「じゃあな、大嫌いなリオちゃん。また‥‥会えたら、殺し合おうぜ‥‥」

その言葉と共に、ロナスの姿は消える。
まるで【破滅神の遺跡】の時と同じだ。

「終わった、のか?ロナスは‥‥わからないな」

彼の生死はやはりわからない。だが、決着は‥‥

「やっと、フォードの因縁が、終わった。こんなにも、遅くなった。レイラ‥‥やっと君の‥‥仇を討った」

決着は、ついたのだ。
クリュミケールは輝きを失ったレイラの約束の石を握り締める。

(ロナス。お前に何があったのか、過去はわからない。お前は最後の悪魔と言ったな。お前が言ったようにまた巡り会うことがあれば‥‥もう、誰も、何も‥‥悲しい連鎖は繰り返させない)

強く思い、クリュミケールは立ち上がった。

「クリュミケールちゃんーー!」

すると、フィレア達が息を切らしながら螺旋階段を駆け上がってきて、

「ったく!!一人で突っ走りやがって‥‥!って、アドル!?」

キャンドルは傷ついたアドルの姿を見て、真っ先に彼に駆け寄り、クリュミケールも思い出すようにアドルの側に走った。
アドルは床に座り込み、傷口を腕で押さえながら、

「クリュミケールさん‥‥キャンドル兄ちゃん」

泣いたままの彼は二人の名を呼びながら見つめ、

「あっ、アドル!?」
「痛むのか!?痛いよな!そっ、そうだ!レムズに回復‥‥」

キャンドルとクリュミケールはあたふたとしているが、しかしアドルはふわりと笑い、

「‥‥全てが終わったら、一緒にニキータ村に帰ろうね。リウスも‥‥ね」

離れた場所から心配そうにアドルを見つめる彼女に笑い掛けた。

「シュイア様‥‥!無事でしたか‥‥」

フィレアがシュイアに走り寄り、ほっと胸を撫で下ろす。そんな彼女を見つめ、

「‥‥心配を掛けたな」

と、幼き日の彼女の姿を思い出しながら、シュイアはフィレアの頭に手を置いた。

「っ‥‥良かった‥‥シュイア様‥‥」

言いながら、フィレアはぽろぽろと涙を溢す。


それから、アドルはレムズの回復魔術により手当てをしてもらい、クリュミケールはその様子を微笑ましそうに見つめていた。

「一つ、終わったな」

カシルに声を掛けられ、「うん」と、クリュミケールは頷く。
それ以上は、互いに何も言わなかった。

敵対していた、あの日々。
レイラを奪われた少女と、レイラに愛された男。

実際、ロナスがレイラの仇だったのかはわからない。確かにロナスはレイラを傷つけ、致命傷を与えた。

だが、彼女に関しては‥‥
クリュミケールも、カシルも、もっと早くに出来ることがあったのかもしれない。

だが、あの頃はまだ、知らなかった。
あの日々の結果が、今ここに至るなんて、知るはずもない、当たり前だ。

(‥‥ふふっ、レイラ。君は‥‥オレとカシル、どっちの方が‥‥いいや、君は、カシルを選んだんだ‥‥そんなカシルはオレが好きで‥‥)

ちらっと、隣に立つ彼を横目に見る。

(‥‥オレにとってカシルは、友達を奪っていった恋敵みたいな存在、だったんだけどな‥‥君に、会いたいよ、レイラ‥‥ははっ、情けないな、オレは)

カシルの傍にいると、レイラのことを思い出してしまう。あの、懐かしくて、悲しくて、でも、楽しかった日々を。


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