果ての世界


「なっ‥‥どこだよ、ここ」

光に包まれ、元の世界に戻れたと思ったのに、クリュミケールはまた別の場所にいた。
しかし、深く暗い青の空。見渡す限り自然などないその場所はーー断崖絶壁。どこかの崖の頂上だ。
崖の下を見下ろしても、真っ黒で何も見えない。まるで、世界が破壊されたようだ。
そう思っていると、

「ここは、世界の終わりの世界」

誰かがそう言ったが、姿は見えない。ただ、とてもよく知っている声だった。

「人間達が争い、女神を狂わせ、そうして女神が壊した世界の成れの果て。果ての世界」
「それって、魔術を手にした人間達の争いの話?でも、女神が壊した?」

クリュミケールは疑問を投げ掛ける。

なぜなら、世界は人間同士の争いで壊れるか、サジャエルが壊すかの二つだ。
だが、今の言葉には、どちらも入っている。
人間は争うし、女神が世界を壊すし‥‥

「未来は無数にあっても、世界は必ず壊れる。生き残るのは神だけ。お前も、生き残る。お前は神だから」
「私は‥‥神なんかじゃないよ。女神の細胞を埋め込まれただけだ」

クリュミケールはそう言った。

「それは違う。お前が本物の女神【見届ける者】。細胞を埋め込まれたのは、リオラだ」

その言葉に、クリュミケールは目を丸くする。

「世界を壊すも生かすも、お前次第なのだ」
「えっと‥‥待ってくれ。わからないんだけど‥‥私が女神?じゃあ、私が世界を壊したの?」
「この世界を壊したのは、お前の細胞を持ったリオラ」
「!?」

理解が追い付かないが、『お前の細胞を持ったリオラ』。その言葉に、

(さっき、サジャエルは私の血を持ち帰った。有効に使うと。まさか‥‥そう、なのか?)

クリュミケールは先程の過去を思い出す。

「知っているかもしれないが、眠り続けていたリオラは、長い間、水晶の中で人を憎んできた。夢を見てきた。目覚めたリオラはサジャエルの言葉を呑み、世界を壊すと決めた。女神の細胞を持ったリオラも、世界を壊すことも生かすことも出来る力を持っているのだ」

クリュミケールはしばらく頭の中を整理し、

「リオラが‥‥でも、サジャエルはリオラが本物で、私が偽りだと‥‥クローンだと言っていた」
「かつての我が盟友、サジャエルは狂ってしまった。とあるきっかけの末、長い年月、狂った願望を持ち続けて生きたせいもあり、彼女の記憶は壊れているのだ。リオラを本物だと思い込み、お前を器だと思い込んでいる。哀れな女神だ」

その言葉に、

「私が本物‥‥だとしたら、私はどうやって産まれた?どこで生きて来た?捨てられた私はサジャエルに育てられたと‥‥もう一人の女神、イラホーだって言っていた」
「お前の時代のイラホーから話を聞くが良い。ただ、全てはサジャエルの偽りの記憶だ。サジャエルが拾い、育て、実験を施したのは、リオラのことなのだから‥‥なぜならお前は」

ゴゴゴゴゴ‥‥ーー急に、大きな地震が起きた。

「この未来は、時間は、サジャエルが世界を創ろうとしている瞬間だ。世界から、神以外が消え去った、サジャエルの望み通りの未来だ」
「こっ、これが‥‥」
「だから、お前をここに連れて来た。過去の時代、サジャエルに目覚めさせられた私は、偶然、召喚の村に現れたお前を見ていたから。お前にこの未来を見せ、こんな未来を、食い止めさせる為に」

そう言って、声の主はようやく姿を見せる。
召喚の村で、遺跡の中の水晶で眠っていた神様‥‥

「ハトネ‥‥なのか?」

クリュミケールはそう聞いた。
その顔に彼女らしい笑顔はなく、凛々しい顔付きでこちらを見据えている。

「お前はこの未来を知った。だから、世界を壊すか生かすか、お前が決めるのだ。私は信じている‥‥お前なら、私達が、かつての英雄達が救えなかったことを、成し遂げられなかった願いを継いでくれると。英雄や、過去の因果、ザメシアの悲劇を止めてくれると」
「英雄?因果?ザメシア‥‥?」

ハトネの姿をした人は静かに頷き、

「さあ、女神よ。元の世界へ戻る術を唱えた。あの光から戻れる」

彼女が指差した先に、光が見えた。そして、

「私もしばし、消えねばならない‥‥力が、奪われていてな。だから‥‥ハトネを頼んだぞ」

そう言うと、ハトネの体はフラついた。クリュミケールはその体を支える。
そうして、彼女はまた、ゆっくり目を開けた。しかし、

「あれえ?だあれ?ここ、どこ?さむい、さむいよ‥‥」

ゆっくりとした、まるで子供のような話し方‥‥先程の凛々しい彼女とは、まるで違う。

「ハトネ?」
「はとね?」

ハトネは自分で聞き返してきて、

「わたし‥‥はとね?わたしはだあれ?あなたはだあれ?わたし、ひとりぼっち。ずっとくらいところにいたの。さむくてこわくてさびしくて‥‥さむい、さむいよ‥‥」

ハトネはガタガタと、子供のように震え出した。

「ハトネ‥‥君は独りじゃないよ。君にはいつだって仲間がいて、オレも一緒にいる」

クリュミケールはそう言って、彼女の頭を撫でる。
しかし、何か気配を感じて空を見上げた。
よく見ると、空には大量のドラゴンが飛び交っているではないか!

「これが‥‥未来、だと!?」

クリュミケールは空を見上げて叫ぶ。

「ハトネ、走るぞ!」

クリュミケールはハトネの手を引き、先程のハトネが作り出した光に向かって走り出した。
だが、光の前に一匹のドラゴンが舞い降りる。

「なに、あれ‥‥こわいよ」

ハトネはクリュミケールにしがみついた。
剣は、先程シュイアに渡してしまった、封印されていて、魔術も使えない。

「くそっ‥‥!どうする!」

ドラゴンは雄叫びを上げ、その口から炎を吐き出した。クリュミケールはハトネを庇うように立ち、

「炎ならば、平気だろう?」

頭の中に、声が響いた。懐かしい声だ。

「主、剣を作り出してやろう」

それは、不死鳥の声だ。
彼の言葉と共に、クリュミケールの右手が赤く光り、その手には真っ赤な炎のような剣が握られていた。そしてその光が、ドラゴンの炎を弾く。

「これ‥‥ってか不死鳥!今まで‥‥八年も何してたんだよ!遅すぎるよ!」

クリュミケールが怒鳴るが、

「主、今はそんな場合ではないだろう」

言われて、確かにとクリュミケールは目の前のドラゴンを見た。

(不死鳥‥‥ドラゴン。なんだろう、妙な気分だ)

違和感を感じながらも、クリュミケールは与えられた剣を構え、ドラゴンに向かって走った。大きな翼は旋風を巻き起こし、走る速度を落としてくる。
体に巡る炎を感じ、クリュミケールはその身に炎を纏った。
振り下ろされるドラゴンの爪を避け、後ろ足に斬りかかる。硬い鱗のせいで肉を切ることは叶わないが、そのまま剣が纏う炎の威力を増加させた。
ドラゴンの体は炎に包まれ、身悶えし始める。太い尻尾が揺れて、クリュミケールの体は弾き飛ばされた。

「痛っ‥‥」

地面に仰向けに倒れた体をすぐに起こし、炎を纏うドラゴンを見る。大きな体はぐらりと揺れ、崖の下へと落下していった。
翼を広げ、上がってくる様子はない。

「ハトネーー!今がチャンスだ!早く行こう!」

クリュミケールはそう叫び、ハトネに手を伸ばす。彼女はこちらに走って来て、その手を取った。
二人は急いで光の中に入る。

(さすがに大量のドラゴンなんて相手に出来ない!一匹でギリギリだ‥‥サジャエル‥‥こんな未来‥‥絶対にこんな未来にさせるもんか!)

クリュミケールがそう怒りを募らせていると、

「ありがとう。おにいさん‥‥たすけてくれて」

ハトネがそう言って、

(お兄さん‥‥)

クリュミケールは目を丸くして、

(そうか。私とハトネは、クリュミケールとしてここで出会ったのか‥‥それで彼女は、私を男だと思い込んだままなんだ)

そんな理由がようやくわかり、クリュミケールはおかしく感じた。

「あなたの、なまえは?」

ハトネに聞かれたが、

「また、次に出会った時に教えるよ。だって、君はいつも、オレを見つけ出してくれるから」

クリュミケールは笑顔でそう言い、二人は光に包まれ、果ての世界から消え去った。


ーーまるで、渦の中。真っ黒な空間を、クリュミケールは漂っていた。

「あれ‥‥ハトネ?」

握っていた手の感触がなくて、

(そっか‥‥ハトネは‥‥別の時代に、行ったのかな?私ーーリオと出会う時代に)

クリュミケールはそう感じ、頭を押さえる。
不死鳥の力が戻った瞬間、頭の中に色んな光景が流れてきたのだ。

「主よ」

再び、不死鳥の声がして、

「主は何故、我が封印されたか覚えてはいないのか?」
「理由はわからないけど、サジャエルの仕業なんだろ?オレの力を奪う為に‥‥」

しかし、不死鳥はしばらく黙りこみ、

「そうだな‥‥時間が掛かった。手の込んだ封印だ‥‥八年も、掛かった。‥‥主は本当なら我を恨むべきなのだ。主、我の力が戻った今、記憶も甦るはずだ。我と主の見る世界は、同じなのだから」

言われて、クリュミケールは目を閉じる。先程から流れてくる光景に、思いを馳せる。

始まりは、海。船の上だ。


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