面影と神様


心地好い風だ。それに、暖かい。
自分はさっき、シュイアとカシルを追って、そしてサジャエルが現れて‥‥そして、この手で、剣でーー。

「カシルーー!」

勢いよくクリュミケールは起き上がる。しかし、目覚めた場所は、遺跡の中でも雪原でもなかった。
見渡せば、緑豊かな草原で、自分がなぜ気を失っていたのかもわからない。

(ニキータの草原‥‥じゃないな‥‥)

そう思いながらぼんやりと青空を眺めていると、

「本当に?」
「本当だって」
「どこだよー?」
「えーっと、ほら、あそこあそこ」

どこからか、こそこそと話す子供の声が聞こえてきた。
よく見ると近くにある木の後ろに、隠れているのであろう、二人の子供の姿が見える。

(‥‥小さいな。でも、ここが何処なのか、話だけでも‥‥)

そう思い、クリュミケールはゆっくりと子供達の方に足を進めた。

「うわっ!?こっち来る!」

短い金髪の少年がクリュミケールを見て言い、

「どっ、どうする?逃げる?」

もう一人の短い黒髪の少年が言って、

「逃げた方がいいかも!」

そう言って二人の少年は走り出す。

(まるで人を化け物みたいに‥‥)

クリュミケールはそんな風に感じてため息を吐き、小走りで少年達を追い、腕を伸ばしてぐいっと少年二人の襟元を掴んだ。

「全く‥‥何もしないから安心しなよ。オレはただ、聞きたいことが‥‥」
「うわぁぁぁぁぁん!!うわあぁあっ!?」

しかし、クリュミケールの言葉を聞きもせず、少年二人は泣き叫び出した。

「なっ、なんで泣くんだよ!?オレはただ、ここがどこなのか聞きたいだけで‥‥」
「こっ、ここは【召喚の村】だよぉぉぉぉ」

金髪の少年は泣き叫びながら答える。

「召喚の、村?」

クリュミケールは聞いたことのない村の名前を疑問に感じ、

「はなしてよー!!」

黒髪の少年が泣いたままそう言ったので、襟元を掴んでいた手を離した。

「もーっ!カシルが見に行こうって言うからこんなことになったんだろー!」

ごしごしと、小さな手で涙を拭いながら黒髪の少年が金髪の少年に言って、

(カシル?)

クリュミケールは眉を潜める。
こんな見知らぬ場所で、見知らぬ子供が知り合いと同じ名前で、

「カシル、か。じゃあもしかして、君の名前はシュイアって言ったりとかしないよな?あはは」

クリュミケールは黒髪の少年を見て、冗談混じりに言った。

「えっ!?おっ、お兄ちゃん‥‥どうしてボクの名前知ってるの!?なんで!?」

黒髪の少年は茶色の目を大きく開けて、キラキラとした眼差しでクリュミケールを見つめる。
いや、驚くのはクリュミケールの方だった。

(は‥‥?二人共、同じ名前?黒い髪に茶の瞳‥‥金の髪に青い瞳‥‥)

まだ、十歳にもならないであろう少年二人を交互に見て、どことなく、面影があるような錯覚を感じてしまう。

「二人は‥‥友達なのかい?」

クリュミケールは幼い二人の目線に合わせ、その場に膝をついて聞いた。
少年二人はぶんぶんと首を横に振り、

「ボクたちは兄弟だよ!双子なんだってー」

黒髪の少年、シュイアがそう言った。

「兄弟‥‥双子」

対照的な黒と金を見つめ、クリュミケールはぽかんと口を開ける。

(この子達は、私の知ってるシュイアさんとカシルなのか?じゃあ、ここは、二人の過去?いやいや、そんな馬鹿な!)

額に手をあて、流れてきた冷や汗を拭った。すると、

「お兄ちゃんは、なんて名前なの?」

カシルがちょこんっと、興味津々に首を傾げながら聞いてくる。先程まで泣き喚いていたのに、子供ってこんななのだろうかとクリュミケールは肩を竦めつつ、

「オレ‥‥いや、私は昔はリオという名前で、今はクリュミケールという名前なんだ」

そう、困ったように名乗ると、

「お兄ちゃん、二つも名前があるの?変なのー!」

シュイアに言われ、ごもっともだとクリュミケールは苦笑した。

「それからね、もしかしたら見えないのかもしれないけど、私はお兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんなんだよ」

そう言って、二人の頭にぽんっと手を置くと「えーっ!?」と、少年二人は本気で驚きの声を上げる。

「えっと、じゃあ、お姉ちゃん!!お姉ちゃんはどこから来たの?」

好奇心旺盛そうにカシルが聞いてきて、

「どうしてこんなところで寝てたのー?」

シュイアがそう続けた。

「‥‥私は、旅をしててね。この地域は初めて来たんだけど‥‥気候が心地好くて、ついつい居眠りしてしまったんだ」

実際、遺跡に居たはずの自分がなぜこんなのどかな場所で眠っていたのかはわからないが、クリュミケールは咄嗟にそう言って笑う。
そうして、少年二人はふと、クリュミケールの腰元を見た。

「それって、本物の剣?」

と、腰に下げている剣を指差してくるので頷くと、

「えーっ、お姉ちゃん剣をつかえるの?」

シュイアが目を輝かせて聞いてきて、

「まあ、一応は‥‥」
「じゃあ、教えてよ!オレに剣の使い方教えてほしいな!」

カシルが手を上げながら言い、

「あっ!ずるい!ボクもボクも!いま、ボクたち剣の練習してるんだ!」

慌てるようにシュイアが割って入ってきて、

「えっ‥‥えーっと?なんで剣の練習を?」

見る限り、のどかな場所に見えた。剣を取る必要のない世界に感じた。それは、この少年二人を見て錯覚に陥っているだけなのかもしれないが‥‥

「こわーい魔物がね、夜になるとたまに出るんだよ?」
「村のみんなで退治してるんだ!だから、いつかボクらも退治できるようになるんだ!」

二人の言葉を聞き、クリュミケールは納得した。納得して、

「君達はきっと‥‥大きくなったら凄い剣士になるよ‥‥きっと、絶対に」

そう言って、二人の頭を優しく撫でてやる。

「どうして?」

シュイアが不思議そうに聞いてきて「なんとなくさ」とクリュミケールは答えた。

「旅人ってことは、お姉ちゃん今日はどこかで野宿とかするの?」

続けてシュイアに聞かれ、

(もし本当にこれが二人の過去だとして‥‥なぜオレがここに?サジャエルの仕業なのか?)

クリュミケールは眉間に皺を寄せながら考え込む。その様子に、

「オレたちの家に泊まっていったら!?それで、剣を教えてよ!」

嬉しそうにそう言って、カシルがクリュミケールの腕にしがみついてきた。

「え!?でも、お父さんとお母さんに‥‥」
「ボクらは親とかいないから大丈夫!」
「えっ?」

シュイアが暗い表情をするわけでもなく、簡単にそう言ったので、クリュミケールは目を丸くする。

「ねえ!早く村へ行こ!」

ニコニコと笑顔のままカシルが言い、少年二人は村がある方向へと走って行った。クリュミケールは唖然としつつも、ゆっくりと少年二人が走っていく方向へ足を進める。
草原を少し進むと、小さな小さな村があった。ここが、少年二人が言っていた【召喚の村】なのだろう。

「おやまあ、シュイアにカシル。また二人で遊んで来たのかい?ん‥‥?」

村に入るなり、老婆が少年二人に朗らかに声を掛け、次にクリュミケールを見た。

「あっ‥‥私はクリュミケールと言います。旅人で、たまたまこの村に‥‥」

怪しまれないよう、出来るだけ落ち着いてクリュミケールは老婆に微笑み掛ける。

「そうなんだってー!旅人さんだからね、オレたちの家に泊まってもらうんだよー!」

カシルが笑顔で言い、

「そうかい。こんな辺境の地に、旅人さんとは珍しい。ようこそ、召喚の村へ」

老婆はクリュミケールを怪しむことなく村に招いた。ようやく会えた大人だ。クリュミケールは村やこの地域のことについて尋ねようとしたが、

「ボクらの家はこっちだよ、お姉ちゃん!」

シュイアにぐいぐいと腕を引かれ、情報得ることは叶わなかった。
そうして、シュイアとカシルに連れられて、二人の家へ向かう途中、

「あっ、あのさ。こんなことを聞くのはあれだけど‥‥君達のお父さんとお母さんは?」

先程シュイアは『ボクらは親とかいないから大丈夫』と言っていたが、その理由がわからなかった。

「んっとね、お母さんはボクらを産んでお空に行っちゃったんだって。お父さんもボクらが生まれる前に戦争で負けて、お空に行っちゃったって。空ってあんなに遠いのにね」

シュイアはそう言って、青空を見上げる。

「だからね!この村のみんながオレたちの家族みたいなんだよ!ずーっと、みんな一緒だから!」

カシルが続けた。

(オレと一緒だ‥‥二人は、親の顔を、知らないんだ。それに、ニキータ村と一緒だ。皆が、家族‥‥)

あまりに自分の境遇と似ていて、クリュミケールの胸が少しだけ痛む。

「あっ、ほら!あそこがボクらの家だよ」

シュイアが前方を指差し、村の広場の片隅に小さな家が見えた。

「そっか。二人は‥‥ずっとここで、二人で暮らしていたの?」

クリュミケールは少年二人を見つめる。

「うん!だってオレたちはたった二人の家族だもん!ねっ!」

カシルは曇りのない笑顔でシュイアの顔を覗きこみ、シュイアは笑顔で頷いて、

「うん!これからもずーっと一緒だもんね!」

シュイアな嘘偽りのない言葉を放った。
そんな二人を見て、クリュミケールは涙が溢れ出そうになる。

(これは、夢?二人は兄弟で、争う為ではなく、守る為に武器を取り、こんなにも仲が良くて‥‥そして、こんなにも平和な生活を送っている。こんな、笑顔で)

クリュミケールは唇を噛み締め、夢か現実かわからないこの光景を眩しそうに見ることしかできない。

「ほらっ!中に入ってよ」

二人に促され、クリュミケールはにこっと笑い返し、小さな家に入った。
家の中は子供二人しか住んでいないというのに、綺麗に片付いている。

「てきとーに座ってていいよ!」

シュイアがソファーを指差し「ありがとう」と言ってクリュミケールはソファーに腰掛けた。
その向かいのソファーにシュイアとカシルが座り、

「何かおはなしを聞いてもいい?」

と、カシルが切り出す。

「ん?ああ‥‥私が話せることなら話すよ」
「やった!じゃあね、うーんっとね!」

ーー少年二人の質問は、素朴なものであった。

どこから来たのかとか、歳はいくつだとか、好きな食べ物はとか、いつまでこの村にいるのかとか。

どこから来たかは曖昧に答え、歳は年齢が止まった時ーー十六歳と答えた。実際もっと上だけれど。
好きな食べ物は何でもと答え、いつまでいるかと聞かれたから気が向くまで、と答えた。

実際、ここが本当はどこなのかも、どうやったらあの遺跡に戻れるのかもわからない。

カシルが自分のせいで危険な状態なのだ。
サジャエルに体を、思考を支配され、カシルに剣を向けてしまった。自分にはまだ、心の弱さがあった。

(レイラを喪ったことを、オレはまだ、こんなにも引きずっていたなんて‥‥)

どれほど憎んでいない、恨んでいない、レイラの為だと口にしても‥‥結局自分は、カシルを赦していなかったのだ。
カシルだったら、レイラを守れたはずなのに、レイラが死ななくて良かったのに。
そんな後悔を、クリュミケールはリオとして、ずっと抱えていたのだ。

(‥‥自分の弱さを、オレはずっとカシルのせいにしていたんだ。だって、そうじゃないか。レイラを救えなかったのは、オレに力がなかったから、オレが彼女の気持ちに気づけなかったからなのに‥‥!ごめん、ごめんな、カシル‥‥)

彼を傷付けてしまったことを嘆きつつ、そんな状況のまま、いつの間にか自分だけがこんな所にいる。早く、早く戻らなければ‥‥

「お姉ちゃん?」

俯き、拳を握りしめていたクリュミケールに、二人の少年の声が重なる。クリュミケールが慌てて顔を上げると、二人は心配そうにこちらを見ていて‥‥

「あっ‥‥。あのさ、じゃあ、今度は私が質問をしてもいいかな?」

クリュミケールは急いで笑顔を作り、二人に言った。二人もすぐに笑顔になり「うん!いいよ!」と、頷く。

「ここ‥‥召喚の村って、不思議な名前だなぁって。何か意味あるのかな?」
「うんっ!この村に住む人たちはね、いつか必ず魔術が使えるようになるんだよ!」

シュイアが言い、

「えっ‥‥魔術を!?それは、どうして!?」

クリュミケールは思わずソファーから身を乗り出してしまう。

「神様の力だって、村の人たちは言ってるんだ」

次にカシルが答え、

「かみ、さま?」

何か、嫌な予感がした。
この世界には三人の女神がいて、そして、神様?

「見に行く?」

シュイアがそう言うので、

「見に‥‥って、会えるの!?」

当然、簡単にそんなことを言われ、クリュミケールは驚きの声を上げる。

「うん!遺跡のね、さいだんってとこにいるよ」

遺跡の祭壇ーーそれを聞き、クリュミケールはさっきまで自分がいた場所を思い浮かべた。

村を出て、細い小道を通り、そこを抜けると、頑丈そうな岩で出来た遺跡が見えてくる。
その遺跡は確かに、スノウライナ大陸の雪原で、真っ白な雪に覆われていた遺跡だった。
中に入ると、先程の遺跡内より小綺麗で、クリュミケールはキョロキョロしながら道なりを進む。

(そう、か。イラホーは、シュイアさんとカシルの故郷はスノウライナ大陸だと言っていた。でも、今は雪なんて全然‥‥)

そうして、広い広いホールに辿り着く。
先刻、シュイアとカシルが対峙し、サジャエルが現れ、クリュミケールがカシルを刺してしまった場所そのものだった。
確かに先程の場所も、石造りの祭壇があった。だけど、今は、たくさんの花や供え物があって、とてもきらびやかである。
クリュミケールがずっとそれを見ていると、つんつんとシュイアに背中をつつかれて、

「お姉ちゃん、上だよ!あれが神様だよ」

と、彼は頭上を指差した。クリュミケールは疑問げに、シュイアとカシルと同じように上を見上げる。
そして、そこで見たものに、クリュミケールは顔を強張らせた。

頭上には硝子か何かで出来た大きな水晶が浮かび、その中に人が入っている。
それは五年前に見た、リオラのものと同じだった。しかし、クリュミケールが驚いたのはそこではない。
その中にいる人物だ。

水晶の中には、長い黒髪を一つに結び、頭や首、腕に数多の装飾品を付け、ヒラヒラとした真っ白な、ドレスのようなローブに身を包んだーークリュミケールが知っている姿と、あまり変わりないのない人だ。

「あれが、神様なんだって。ボクらが産まれる前からずっとここにいて、この水晶の中で眠り続けてるんだ」

シュイアが神様を見上げながら言い、

「なんかね、オレはまだ見たことないんだけど、たまに水晶の中にいる神様が光り出すんだって。その光に包まれると、誰でも魔術が使えるようになるんだ!だから、これは神様だってみんな言ってる!」

カシルがそう説明した。

少年二人の言葉を聞きながら、クリュミケールは神様を凝視し続ける。

(なんで、君までこんなところにいるんだ‥‥ここは、どこなんだ?ーーハトネ)

見間違うはずがない。
水晶の中で眠る神様は、ハトネだった。


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