終わりの村


クリュミケールは燃え盛る村を見渡す。火の勢いはだいぶ弱まってきた。だが、生き残りは誰もいないだろう。

(なぜ、こんなことをする必要があった‥‥オレに用があるのなら、関係ない人達を‥‥こんな)

アドルより歳の若い子供達。
その両親達。
よろず屋、食材屋、宿屋を営んでいた人達。
どの村や町とも変わらない、普通に暮らしていた人々。
その平穏な日々は、炎によって奪われた。

燃え盛るフォード城の中でのサジャエルの言葉を思い出す。

『これからあなたはきっと、数々の者達の死を見ることになるでしょう。あなたは【見届ける者】なのですから』

ーーそうだ。サジャエルとロナスは繋がっていたのだ。
数々の者達の死を見ることになる。それは、こんな風に意図的に行われるのだろう。

(‥‥大切にしようと思ってしまったら、また、こんな惨状を招いてしまうのか?サジャエル達は、オレの存在だけでなく、全てを奪うつもりなのか?これは‥‥警告なのか?)

考えれば考えるほど、あまりに惨すぎる大量殺人に、心が痛んで仕方がない。
炎に焼かれて死んだ人もいるだろう。
倒れた人の中には、血を流している人もいた。
きっと、ロナスがやったのだろう。

クリュミケールは炎を睨み付け、アドルとキャンドルの元に戻ろうとした。そうして踵を返した時、一人の人物がいつの間にか立っていて、一瞬驚いたが、

「神出鬼没なのは変わらないな。だが、なんでここにいるんだ、カシル」

そこに立っていたのは先日、ラズとハトネと共にいたカシルだった。彼は、横目で炎を見つめ、

「たまたまこの辺りを通ったら、あの二人がこの村の現状に気づいた。すでにこの有り様だったがな」

あの二人とは、ハトネとラズのことであろう。

「それで?五年もの間、お前は何をしていたんだ、そんな男みたいな格好で名前も変えて、あの二人のことも知らないフリして」

カシルに聞かれ、

「‥‥まあ、色々あったんだ、また話すよ。それで、ハトネ達は?」
「奥の方まで行っているはずだ。生き残りがいるかもと言っていたが」

それに、クリュミケールは首を横に振り、

「これはロナスの仕業らしい。五年前、ロナスに会った。あいつは生きている。どうやらサジャエルやシュイアさんと繋がっていたようだ。ロナスはサジャエルから頼まれて、あなたの監視をしていたと話していた。そのことに気づいていたか?」

そう聞けば、カシルはため息を吐き、

「当たり前だろう、奴は悪魔だ。魔術持ちの俺達とは違う。その力はまだ計り知れない。レイラに掛けた術から見て取れるように危険だ。それなら、俺の近くに置いてる方がまだ被害は最小限に済むと思っていたが‥‥」

そこまで言って、彼はクリュミケールから目を逸らし、

「フォード国の一件は‥‥今でも悪かったと感じている」

そんな謝罪のような言葉を聞き、もう、女王の死から十二年、レイラの死から八年も経っているのだ。

「なんだよ、今更。女王様の件は仕組まれたとしても、結果的にロナスが殺した。レイラのことも、ロナスが勝手にしたことだろう?レイラは、あなたは優しい人だと話していたんだ」

クリュミケールは目を閉じ、

「あの時のオレにはわからなかったことを、レイラは知っていたんだ。だから、オレはあなたの優しさには敵わなかった。レイラには届かなかった。悔しいが、オレはあなたの心に負けたんだよ。だから、フォード国のことで、謝らないでほしい。レイラを救っていたのは、カシルなんだから」

そう伝えて、困ったように笑った。カシルは何か言おうとしたが、

「生き残り‥‥いなかったね」
「うん‥‥」

聞き覚えのある声が近づいてきて、クリュミケールは視線を動かす。村の奥からラズとハトネが俯きながら歩いて来た。
二人は顔を上げ、クリュミケールがいることに気づく。

「あ‥‥クリュミケール。そうか、確か君達はニキータ村から来たと言っていたね‥‥」

村はこんな惨状だ。ラズは気まずそうにクリュミケールに言った。
クリュミケールは少し考えた末、自分のことを話そうと思ったが、

「おーい、クリュミケール!」

と、キャンドルの声がして、彼がこちらに向かって来たので、

「どうしたキャンドル。アドルは‥‥」
「ちょっと一人にしてやろうと思ってよ。ってか、ん?その二人はファイス国で会った‥‥そっちは‥‥?」

キャンドルはカシルを見て首を傾げるが、

「キャンドル、一旦アドルのとこに戻ろう」
「へ?」
「いいから行くぞ!」

クリュミケールにぐいぐい背中を押され、

「なっ、なんだよ、今来たばっかなのに‥‥」

キャンドルは困惑しつつも渋々歩き出す。
クリュミケールはカシルを横目に見て、

「悪いな。あの二人は無関係だからな‥‥話は後でちゃんとするよ」

ボソリとそう言って、キャンドルの後を歩いた。
アドルとキャンドルはサジャエル達とは何も関係ない。
ニキータ村の人々もそうだった。
次に自分のせいで無関係な人が犠牲になったら、

(もう、立ち直れないかもしれない)

そう思いながら、クリュミケールは歯を食いしばる。

ーー冷たいものがポタッと頬に触れた。奇跡か偶然か、ポツポツと雨が降ってきたようだ。炎が鎮火されていく。
どこか懐かしく感じてしまう雨の香りと音。

アドルの家の前まで戻ると、彼はうずくまるように四つん這いの姿勢をとり、まだ泣き続けていた。

「‥‥アドル」

クリュミケールが声を掛けると、

「‥‥なんで、なんでだよ‥‥父さんが死んで、母さんまで‥‥おれ、また何も出来なかった‥‥ニキータ村では皆、家族なのに‥‥それなのにっ、皆、居なくなっちゃったの!?」

アドルは顔だけ上げ、クリュミケールとキャンドルを真っ直ぐに見る。青い大きな目から涙がぼろぼろと溢れてはこぼれていく。
それから、ハッとするように目を見開かせ、首元にかけた、赤い石に羽のついたペンダントに触れた。

「あっ‥‥リウス‥‥リウスは?」

ファイス国への旅立ちの日、ペンダントと共に『気をつけてね』と見送ってくれた少女。帰ったら何かお礼をすると約束したのだ。
クリュミケールは顔をしかめ、先程のリウスーーカナリアのことを思い出す。

(今思えば『今渡さなきゃいけない』と言われたとアドルは言っていたな。彼女はアドルに別れのつもりで渡したのか?‥‥彼女の真意や行動理由がわからない。アドルはさっきの彼女がアスヤさんに何かしたと勘違いしている。だが、真実を伝えるわけにはいかない。巻き込むわけにはいかない)

クリュミケールは静かに首を横に振り、

「姿は、なかった。もしかしたら、炎に‥‥」

残酷なことを言っているのはわかっている。だが、こう言うしかなかった。
アドルは一瞬放心状態になり、そうしてまた、泣いてしまった。

ーー重苦しい空気の中、どれ程の時が経っただろうか。次第に、雨が炎を消し去っていた。

「‥‥くそっ」

キャンドルは泥だらけになった手を額にあて、ギュッと目を閉じる。
時間は掛かったが、キャンドルとクリュミケールでニキータ村の人々の亡骸を土に埋めたのだ。ラズ達も村の奥で手伝ってくれている。

「‥‥お前ら、これからどうするんだ?」

キャンドルがクリュミケールに聞くと、

「オレは、どうとでも出来るけど、アドルをなんとかしなきゃな。暮らしていた場所が、なくなってしまったんだ」

未だ立ち上がることのできないアドルを見てそう言った。

「終わったよ!」

背後からそう声を掛けられ、ラズとハトネ、カシルがこちらに歩いてくる。

「ああ、すまなかったな、手伝わせてしまって」

クリュミケールが言うと、

「それで、君達はこれからどうするんだい?ここに‥‥いるわけにもいかないよね」

ラズが言えば、

「とりあえず、近くの村に行くか?ゆっくりできる場所で、頭冷やしてゆっくり考えた方がいい。実は俺も‥‥正直そろそろ頭が働かねーわ」

キャンドルがそう言った。
久し振りとはいえ、キャンドルにとってもここは故郷で、見知った人々の亡骸を埋めた後なのだ、今、彼の心はいっぱいいっぱいであろう。

「じゃあ、僕らも一緒に行くよ。道中、魔物もいるだろうし、君達、疲れてるだろう?僕とハトネさんは行くけど、カシルも来るだろ?」

ラズは言うが、カシルは何も答えなかった。同時に、ハトネもずっと無言だ。

「アドル、立てるか?」

膝をついたままの彼の隣にしゃがみこみ、クリュミケールが聞くと、

「‥‥う、ん」

アドルは力なく相槌を打つ。
暗い表情のまま、彼はゆっくりと立ち上がった。そんな彼を、クリュミケールとキャンドルは心配そうに見つめる。

(あいつらは‥‥リオラを目覚めさせる為に、器であるオレの死を望んでいる。なら、オレだけを狙えばいいのに。ロナス‥‥お前だけは許さない。たくさんの人の命を、何度も、何度も‥‥)

焼け焦げてしまった村を、クリュミケールは目に焼き付けた。
ニキータ村から離れ、一行は草原を越えた先にあるアガラの町に向かうこととなる。キャンドルの知り合いが営む宿屋があるそうだ。

(しかし、気まずいな)

歩きながらクリュミケールは思う。
うつ向き、フラフラ歩くアドルの側をキャンドルと共に歩き、後ろにはラズとハトネ、前にはカシルが歩いている状態だ。
状況が状況だから仕方がないが、会話がない。

(皆に、話さなきゃな。五年前のこと、自分のこと。いや‥‥話して、いいのか?今、オレはクリュミケールだ。そのままでいれば、ハトネ達を巻き込むことも、もう‥‥)

そんなことを考えていると、

「アガラの町が見えてきたぜ」

と、キャンドルが言った。
ニキータ村より少し大きな町で、畑がたくさんあるのどかな場所だ。
一行は町に入り、キャンドルは先に知り合いに話をして宿を取ってくると言った。

クリュミケールが横に立ち尽くすアドルをちらりと見ると、彼はまだ、涙を浮かべていた。


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